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擺脱<5>

2013.04.27 (Sat)
女レハト衛士、グレオニー、フェルツのその後の話です。
胸糞悪い展開です。ご注意を。


擺脱<5>


「レハト様、どちらへ行かれるんですか? これからお食事ならご一緒しませんか?」

 正門の警備を終え、部屋に戻ろうすると背後からあの子が駆け寄ってきた。
 急に話しかけられたことに驚き、まさかグレオニーも側にいるのでは、と気付かれないようにさっと辺りを見回す。しかし杞憂だったようで彼の姿は見当たらなかった。胸を撫で下ろして返事をする。

「……もう部屋に戻るところだから。ちょっと疲れてるの」

「……顔色がお悪いですよ。大丈夫ですか?」

「平気。寝れば治る」

「最近、あまり訓練場でお見かけしませんね。体調がお悪いのなら、早めに医務室に行かれたほうがいいですよ」

 先日、グレオニーにあんな暴言を吐いておきながら、自分はまだ衛士のままで日々を過ごしていた。
 辞めたところで、取り柄の無い自分に何ができるのかもわからない。でも、あんな風に激昂の末に飛び出てしまった言葉ではあったが、衛士を辞めたいという気持ちはまだ自分の中で燻り続けていた。
 以前のように訓練に精を出す気にもなれず、覇気の無い毎日をただ無為に過ごす。こんな態度を続けていれば、何も自分が言い出さなくとも、そのうち上の方から解雇を言い渡してくるかもしれないな、とも思った。

 早く一人になりたのに、彼女はいつまでも自分から離れようとしない。どうやら、顔色が良くない私を心配して部屋まで付いてくる気のようだ。
 機嫌が悪い自分に気付かず、彼女は無邪気に話を続けてくる。

「私……そろそろ試合に出てみようかなって思うんです」

「御前試合に?」

「はい。グレオニーさんにも勧められたし。とても勝ち残れるとは思えませんけど、経験してみるのも悪くないかなあって」

「……そう。頑張って」

「レハト様は出場されないんですか?」

「出ないよ、そんなの。ヴァイルにも止められそうだし」

 何より、衛士を辞めるつもりの自分が試合に出たところで何の意味もない、とは言えるわけもない。

「……そう、ですよね。何かあったら大変ですものね……。一度でいいから、試合で剣を合わせてみたかったのですけど……」

 落ち込む態度を見せる彼女にだんだん苛々してきた。
 
 そう。私は貴女と違うの。徴がない貴女と違って、いろいろとやりたいことも制限される生活を、これから一生送らなければならないの。
 剣を合わせてみたいって、そんなに自分の強さをひけらかしたいの? そんなに皆の前で私に恥をかかせたいの? 
 もう十分じゃない。試合になんか出なくたって、貴女はみんなにちやほやされて、可愛がられて。

 そこでまた、先日のフェルツとグレオニーとの会話を思い出してしまった。
 彼らの自分に向けられた険しい顔が、脳裏に焼きついて離れない。胸が痛んで、頭を抱えて叫び出したい衝動に駆られる。
 もういやだ。どうして、この子はこんなに自分に付き纏ってくるの。この子を見ていると、思い出したくもないことや嫌なことばかり浮かんできてしまう。そっとしておいて欲しいのに。本当は顔も見たくないくらいなのに。
 駄目だ。このままだと、また自分は暴走してとんでもない言葉を口走ってしまうに違いない。この子を敵に回すと、周りからどんな扱いをされるのかわかったものではない。

「ごめん、早く横になりたいから」

と、彼女を残して、逃げるようにその場を去った。


  ◇  ◇  ◇


 休暇日だというのに何もする気にもなれず、どうやって時間を潰そうかと廊下を歩いている時だった。
 普段から、横柄な態度を示してくる衛士と鉢合わせしてしまう。徴持ちの自分がまるで親の敵でもあるかのように、彼はいつも無茶な仕事を押し付けてきては満足そうな顔をしてふんぞり返る、というのを繰り返していた。
 もちろん今日も例外ではなく、その衛士は自分の顔を見るなり嬉々として用事を言い渡してきた。
 毎回毎回、よくもまあこれだけ嫌がらせが思いつくものだと呆れてしまう。こんなことなら自室から出なければよかった、と後悔してももう遅い。
 休暇だという言い訳が通用しないのは始めからわかっていたので、大人しく彼の命令に従うべく共に倉庫へと向かった。

 使えなくなった武具を地下の物置に運んでおけ、と肩を怒らせながら言い渡して彼は去って行く。
 これだけの量を運び終えるのに、いったい地下まで何往復する羽目になるのだろうか。積まれている武具の山を見て、長い溜息が出た。
 見ているだけでは何も解決しない。とりあえず元は訓練用の剣であった残骸を抱えるだけ抱え、よろけながらも扉を体で押し開けて倉庫を出た。

 衛士を辞めたいという思いは、相変わらずいつまでも自分の中で尾を引いたままで、決して消えることはなかった。しかし、先ほどの偉そうな衛士に歯向かうこともできず、大人しくこうやってただ命令を聞くことしかできない私が、自分勝手な都合で辞任したいと上の者に言うだけの勇気を持ち合わせているはずもなかった。
 こうしていつまでもだらだらと、こんな思いを抱えたまま過ごすしかないのだろうか。それともいっそのこと、役立たずの衛士として開き直って居座り続けてやろうか。グレオニーやフェルツからの痛い視線に自分が耐えられれば、の話だが。

 両手いっぱいに剣を抱えているため、なかなか思うように歩が進まない。
 何かもっと効率の良い方法はないだろうか。荷車を使えばまた難癖をつけられてしまうだろうか、と考えつつ廊下を曲がると、フェルツが向こうから歩いてくるのが見えた。

「……」

 気まずい雰囲気が流れる。
 あれ以来、フェルツともグレオニーとも顔を合わせていなかった。私の方から避けていたからだ。
 何も話すことなんかない。それでなくても気分が悪いのに。これ以上また何か厳しいこと言われてはたまったものではない。
 そう思って無視して通り過ぎようとしたが、フェルツの方から自分に話しかけてきた。

「……また、何か無理難題を押し付けられたんですか? 手伝いますよ。どこに運べばいいんです?」

 先日の出来事などまるで忘れているかのように、彼は溜息まじりの口調でそう言った。
 そんなことしてもらわなくてもいい、と申し出を断ろうとしたのだが、持っている荷物のほとんどを強引に奪い取られてしまう。

「こんなにいっぺんに運んだら歩きにくいでしょう? 地下の物置でいいですか?」

「……」

 私の返事を待たずに、彼が荷物を抱えて歩き出す。仕方なくその後を慌てて付いて歩き、無言のまま二人で地下へと向かった。
 手伝ってくれるのは有り難いが、こんなぎすぎすした空気がいつまでも続くぐらいなら、例え一日いっぱいかかろうとも一人で片付けたほうがまだましだ。地下に着いたら、なんと言われようともきっぱりと拒否しよう。
 決意を固めていると、彼が静かに問いかけてきた。

「……本当に辞めるおつもりなんですか」

 ほら、始まった。
 この間のように、またぐだぐだとうるさい小言を言ってくるつもりに違いない。こうなることがわかっていたから、だから手伝ってなんか欲しくなかったのに。
 口を開かない私に構わず、フェルツは言葉を続けてくる。

「すみません、あいつから聞いたんです。まだ誰にも言っていませんから、安心してください」

「……」

「……この間のことが原因ですか。どうか、思い留ってはいただけませんか」

 どうしてこう、誰も彼も自分をそっとして置いてくれないのか。
 自分のせいで衛士を辞めてしまうという責任を負いたくないのかなんなのか知らないが、もうフェルツのこんな上っ面だけの優しさはたくさんだった。
 あの子がグレオニーに惹かれていると気付いたら、私の時とは違って、フェルツは諸手を上げて応援したりするんじゃないか。グレオニーに忠告なんかしたりせず、冷やかしながらたきつけたりするのではないか。
 そんな光景を黙って見ていられるほど、私はお人好しじゃない。
 徴持ちの誰もが人格者だと思ったら大間違いだ。

「私が居ないほうが、いろいろとうまく収まるんじゃないの? 出来の悪い後輩が一人減って、仕事もしやくすなるだろうし。こうやって無駄に気を遣うこともなくなるよ」

 私の言葉で前を歩いていたフェルツの動きが止まり、やがて眉をひそめて振り向いてきた。

「レハト様。俺は何も、貴女が憎くてあんなことを言ったわけじゃありません」

「……」

「……レハト様……」

 返事をせずに無表情を貫く私に、それ以上会話を続けることを諦めたのか、しばらくしてからフェルツは黙ったまま踵を返してまた歩き出した。
 そうやって沈黙を保ち続けて、地下へと続く階段に辿り着く。
 下の方から冷気が漂って来て、辺りはじめじめとした空気に包まれていた。

「……滑りやすいので、気を付けてくださいね」

 振り向きもせずにフェルツが言い、自分に先立ってゆっくりと階段を降りて行く。相変わらず無視を決め込んでいた私も、彼の後に付いて階段に足を踏み入れた。
 一段一段降りるごとに、じっとりとした不快な冷気が足元から這い上がってくる。
 逃げ場の無い淀んだ空気が嫌な匂いを一段と際立たせ、自分の中で渦巻く黒い感情がますます強くなっていくのを感じた。

 こいつのせいで、あの子に私の居場所を取られた。
 こいつさえ居なければ、グレオニーの隣に居たのは私のはずだった。もっと過ごしやすい幸せな日々を送っているはずだった。

 グレオニーの険しい顔が脳裏に浮かび、胸が引き千切れるように痛み出す。
 そして、彼があの時発した言葉を思い出した。

 自分のせいで衛士の座が一人埋まったと彼は言った。
 
 ならば。
 一人減らせばいいのだ。簡単なことではないか。
 
 邪魔な物は取り除けばいい。そう、あの母親のように。

 両腕で剣を抱えたまま、片足を軽く上げる。
 そして、自分の前を歩くフェルツの背中目がけて足を前に出した。
 彼が前のめりになって声も無く階段を転げ落ちて行く。遥か下の踊り場に横たわったまま動かない衛士を見下ろし、自分が持っていた剣の束をその上へと放り投げた。

 辺りに人の気配はない。誰かに見られてしまう前にさっさと引き上げよう。
 このまま部屋に戻って大人しくしていたほうがいい。あの横柄な衛士に何か言われても、武具を運ぶのをフェルツが代わってやると買って出てくれたとでも言い訳すれば済む話だ。

 そうして私は、不自然に見えないようにゆっくりとその場を後にした。


  ◇  ◇  ◇


 フェルツの死因は事故と処理され、自分が疑われるようなことは全くなかった。
 詰め所も訓練場も重苦しい雰囲気に包まれる。あんないい奴がどうして、と彼の死を皆が悼む。
 私の仕事を代わってくれたばっかりに、と嘆き悲しむ振りをしていれば、さすがに表立って自分を責めてくる者は誰もいなかった。

 グレオニーの憔悴ぶりが酷く、使い物にならない状態らしいという話を耳にする。
 それを聞いて「少しだけ」心が痛んだが、これをきっかけにグレオニーとのわだかまりも解消できるかもしれない、という考えが浮かんだ。

 彼を慰めるのは自分の役目だ。怪しまれないためなら、いくらでも涙くらい浮かべてやる。
 あんなに自分を気遣ってくれていたのに、と一緒にフェルツに想いを馳せてやろう。私のせいで、と嘆いてみせれば、そんなことはないとグレオニーはきっと自分に優しくしてくれるに違いない。
 そんな光景を想像しながら、思わず頬が緩んでしまいそうになるのを必死に抑えて彼の姿を探した。

 中庭でグレオニーが頭を抱えながら縁台に座っているのを見つけた。急いで駆け寄ろうとしたが、隣に座っている「ちっこい子」の姿が目に入り、慌てて動きを止める。
 彼女は真っ赤に目を腫らして、グレオニーの顔を覗き込んで慰めていた。悲しみに暮れるグレオニーの耳には何の言葉も届かないのか、彼女が何かを語りかけても頭を垂れたままで動こうとはしない。
 それにもめげずに、彼女はグレオニーの肩に手を乗せて、必死に何かを訴えていた。

 激しい嫉妬に気が狂いそうになる。
 二人から目を背け、悔しさに身を震わせながらそっとその場を去った。

 こんな時まで邪魔をするのか。いったい、どこまで私の場所を奪えば気が済むというのだ。
 ここへ来てまだ日が浅い貴女は、フェルツのことなんかそんなに知らないでしょう? そんな貴女がどんな言葉でグレオニーを慰めると言うの? 何を彼に言えるの? 大して悲しくもないくせに、目を真っ赤にさせてわざとらしいことこの上ない。点数稼ぎもいい加減にしたらどう?

 先ほどまでの自分の甘い想像を思い出し、それがそっくりそのまま彼女に取って代わられたことに怒りが込み上げてくる。

 ……あれは私の場所だ。私だけの場所のはずだった。
 貴女になんか渡さない。彼の側に居るべきなのは貴女なんかじゃない。

 グレオニーを私だけの物にしたいわけじゃない。縛り付けるようなつもりはさらさらないし、現実的に考えてそれは不可能だと言うことも嫌と言うほどわかっている。
 それならば。
 私の物にできないのなら、誰の物にもならなければそれでいい。
 彼に群がるような邪魔者は、その都度排除していけばいいのだ。

 最初からそうするべきだった。余計な者に手を掛ける前に、先に彼女を始末するべきだった。
 何もわざわざ自分が衛士を辞めて逃げ出すことはない。向こうを追い出してしまえばよいだけの話だ。
 大丈夫。今までだってうまくいった。
 これからだってきっとうまくできる。やってみせる。

 自分は神に見守られているのだから。
 額に徴を持つ自分は、紛れもなく神に愛された子なのだから。
 
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