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擺脱<戒め>

2013.05.01 (Wed)
「擺脱」の中でのフェルツ話。特にオチなし山なし、ひねりもなし。
酔った勢いで書いた。後悔は……実は少しだけしている(汗)
事後の表現があります。苦手な方はご注意を。


擺脱<戒め>


 薄暗い部屋の中は甘い匂いで充満していた。汗が滴る前髪をうざったく感じ、緩慢に掻き上げながら紫煙をくゆらせる。次々と形を変えて細く高く上って行く糸のような煙を、自分はただぼんやりと眺めていた。
 部屋に入った時はそう気にもならないのに、事が終わると、急にこの気だるい匂いが鼻に纏わりついてくる気がしていつも不快に感じてしまう。考えすぎとはわかっていても、汗ばんでいる体だと余計にこの香りが深く染み込んでいくような気がしてならない。だから高価な物とはわかりつつ、普段は毛嫌いすらしている煙草を、まるで決められた儀式のようにいつもこうして事後に吹かしていた。

「何、考えてるの」

「別に」

 隣に横たわる女が問いかけてきたが、面倒に思い視線も合わせずそっけなく答えた。すると、彼女が急に手を伸ばしてきて持っていた煙草を取り上げられる。
 お前いつも吸わないだろ、と言う前に、煙草を軽く咥えた彼女が苦虫を潰したような顔をして舌を出した。

「まっず」

「ほら、返せって」

「……」

「なんだよ」

「……何に苛ついてるのか知らないけど。そんな力任せに不満の捌け口にされたら身が持たない」

 身をくねらせる煙の向こうから、自分を睨んで来る彼女の顔が見え隠れした。
 思わぬ指摘に言葉を失う。故意にそんな行為に及んだわけではなかったが、罪悪感を捕らわれてすぐに謝罪した。

「……悪かった。そんなつもりじゃ……」

「まあ、こっちはそんな偉そうなこと言える立場じゃないんだけど。なんだか、いつもの貴方らしくないと思ったから。何かあったの?」

「……別に」

 先ほどと同じ言葉で返答して煙草を奪い返すと、彼女が肩を竦めて寝台から滑り出る。椅子に引っ掛けていた薄い上着を羽織り、酒を杯に注ぎながら話しかけてきた。

「あの子、今日が初めてだったのにケチがついちゃって可哀想に。何が気に入らなかったのかしら」

 自分の考えていたことが読まれたのかと思い、一瞬だけ鼓動が早まる。何も悟られないようにまた煙草を口に運び、必要以上に深く吸い込んだ。
 先刻、自分の友人が引き起こしたちょっとした騒動がずっと頭から離れずにいた。「気のせいであって欲しい」という思いが「やっぱりか、この馬鹿が」という落胆に変わったあの瞬間。それを思い出しただけでも溜息が出そうになる。

「……さあね。何か拘りでもあるんじゃないか。熟練者じゃないとやる気になれないとか」

 本当の理由を知っているくせに、空っとぼけて煙草を小皿に押し付ける。ただ火を消すだけの行為なのに、執拗に火種を根絶やしにすることに没頭してしまう。
 幾分、甘い匂いは薄れてきたものの、この苛つきは匂いのせいだけではないと既に気付いていた。一本吸い終えたくらいでは全く気持ちは晴れず、続けざまにもう一本手を出そうとして思い留まる。体が資本なのにこれ以上痛めつけるような真似をしてどうする、と自分を叱咤した。

「熟練者? あの人、今までそんな選り好みなんかしなかったじゃないの」

「そうだったかな」

「今日、朝からすごいがっちがちに緊張してたのよ。大丈夫よって声かけても、ずっと泣きそうな顔してて。だから、まあ背は大きくてちょっとアレだけど、優しそうな感じの人に当たってよかったって安心したのに。彼、もしかして面食いとか?」

「そうかも」

 適当に受け答えをして、置いてある衣服を身に付けていく。
 これ以上、この匂いに包まれて返事をはぐらかすのに苦痛を感じてきた。

「もう帰るの?」

「この匂い、嫌いなんだ」

 さっさと身支度を整え終わると、いつの間にか近付いていた彼女が手際良く上着をかけてくる。
 それに袖を通している時に、ふと、思いついたことを訊いてみた。

「なあ」

「なに?」

「もし、俺がお前に惚れたって言ったら、どうする?」

 振り向いて問うと、背後の彼女がみるみるうちに怪訝な顔に変わっていく。

「……やっぱり貴方、変よ? 熱でもあるの?」

「いや。だから仮に、の話」

「寝惚けてるのかって、横っ面ひっぱたく」

 間髪容れずに、彼女はそう答えた。そして手を伸ばしてきて、自分の乱れた髪を撫でつけてくる。

「城のお抱え衛士とこんなところで落ちぶれてる娼婦が、どうやったら一緒になれるのか。上手い方法があるなら私が聞きたいくらいよ。身分を弁えないでのぼせ上って、周りから後ろ指刺される生活なんてごめんだわ」

 ……そうだ。これが普通の反応だ。
 気持ちだけではどうにもならないことが、この世にはごまんとある。相手は平の衛士といえども、この国の重要人物である事実に変わりはないのだ。あいつだって馬鹿じゃない。こんな簡単なことがわからないはずがないのに、指名を受けたことで理性を失ってしまったか。
 
 ひっぱたく、か……。
 首を突っ込むのは気が進まないが、友人として一度くらいは忠告しておいたほうがいいかもしれない。それでなくても感情で剣が左右されやすいあいつを放っておくのは、後々どんな事故に繋がるかわかったものではない。
 
 自分の気持ちに踏ん切りをつけ、彼女の腕を取って軽く口づけた。
 目を見開いて相手が驚く顔を見せる。

「……やっぱり、変」

「そうかな」

「今度いつ来る?」

「またすぐ来るよ」

「嘘ばっかり」

 含み笑いをして手を振る彼女を見つめながら、扉を静かに閉めた。


  ◇  ◇  ◇


 案の定、グレオニーは自分の言葉に不貞腐れたような態度を見せた。

「浮かれてなんかいない。馬鹿なこと言うな」

 そう言って友人は怒りを露わにし、寝台に引っ込んで布を被ってしまった。こちらに背を向けて身じろぎもしない。
 ほんと、わかりやすい奴。うんざりするくらいに。
 図体ばかりでかくて、これじゃまるで子供と変わらないじゃないか。

 城の自室に戻ると、寝台に座ってぼんやりとしているグレオニーの姿が既にあった。同室の他の者はまだ戻った様子はない。
 考えてみれば当たり前だ。いつもなら、自分だって向こうでひと眠りしてから、朝の仕事に間に合うよう慌てて帰城するくらいなのだから。

 馬鹿に帰りが早いじゃないか、と冷やかす気にもなれないほど、彼の様子は明らかにおかしかった。部屋に戻った自分を見るなり、ばつが悪そうに顔を背ける始末だ。
 どうしてそう、さも自分を叱ってくれと言わんばかりの態度を見せつけてくるんだ? お前、本当に俺と同い年なのか? と、相変わらずの末っ子気質の友人の背中に向かって、言いたくもない説教を淡々と口にした。

「そうやって機嫌悪くなるのが、図星って証拠じゃないのか? 人ってな、いちばん本当のこと言われた時に怒りを見せるんだってよ。俺を虐め抜いた先輩衛士が、昔ふんぞり返ってそう言ってたぞ」

「……」

「別に、お前が本気だって言うなら俺も邪魔するつもりなんかないよ。ただ、現実を見て、頭を冷やしてからもう一度よく考えてみろって言ってるだけだ」

「だから……!! 俺はレハトをそんな目で……」

「見てないって言うのか。じゃあさっきのあの子、指名し直してこいよ。もう一回娼館に行って」

 振り向いて自分を威圧してくるグレオニーに、そう言い放ってやった。こいつには到底そんなことはできないとわかっていながら。
 しばらくそうやってお互いに睨み合っていたが、彼のほうが根負けして顔を背ける。

 弱い奴。
 この、根性なしが。

 いつまで意地を張ってだんまりを決め込む気なのか。
 腕を組んで相手の返事を待っていると、グレオニーが消え入りそうな声でぽつりとつぶやいた。

「……明日、早朝から巡回だ」

「そんなの俺が代わってやる」

「……」

「ほら、これであの子を思う存分いたぶってやれ。初めてだそうだけど、ちゃんと代金分は奉仕してもらえよ」

 紙幣を目の前でちらつかせてやると、グレオニーが飛び跳ねるように起き上がる。千切れそうな勢いで自分の手から紙幣を奪い取り、それを握り潰したかと思うと乱暴に胸倉を掴んで詰め寄ってきた。歯を食いしばってこちらを睨んでくるが、いつまで経っても殴りかかってくる様子はない。

「なんだよ、殴らないのか」

「……っ」

「お前だってそういう所だってわかってて今まで通ってたんだろ。今更、かっこつけんなよ。誘われたから仕方なかった、なんて言い訳にもならないぞ」

「……」

「寵愛者様の姿がちらついて、罪悪感に苛まれたか?」

「違う!!」

「じゃあ、いきなり正義感むき出しにしてこうやって掴みかかってくる理由はなんだよ。金だけ払って、やることやらないで帰ってきた理由はなんだ?」

 自分の言葉に、グレオニーが黙り込む。やがて力を込めて自分を突き飛ばし、握っていた紙幣を投げつけてきた。
 わざとらしく大きい足音を立て、壊れそうな勢いで扉を閉めて彼が部屋を出て行く。

 もうこれ以上、何も言うつもりはない。
 一応、友人として忠告はした。あとはあいつ次第だ。
 
 溜息をついてくしゃくしゃに丸まった紙幣を拾い上げる。自分が寝入らないとグレオニーはきっとここへは戻ってこないだろう。いや、もしかすると顔を合わせたくがない為に、どこかで一晩中時間を潰すつもりかもしれない。
 ……そんなんで、明日仕事になるのか?
 いざとなったら本当に仕事を代わってやらねばなるまいと考え、自分も早々に寝台に潜り込んだ。


  ◇  ◇  ◇


 お互いに剣を構えて、踏み込む隙を狙う。自分が足を前に出し、剣を少し上に構えただけで、相手が反射的に盾を上げてきた。そこで動きを止めて腕を下ろし、溜息交じりに指摘してやる。

「ほら。そうやって無意識に顔を庇ってる」

「そ、そうでしょうか……」

「盾を構えるのはいいけど、視界を遮ったらなんにもならないし、目を閉じるのは問題外。ちゃんと剣の行き先を見極めて、避けるのか受け止めるのか踏み込むのか判断しないと」

「……」

「さっきこっちが胴を狙った時はちゃんと踏みこんできただろ。顔でも同じこと」

「はい。すみません……」

 後輩の衛士が、自分の言葉に項垂れてしおれる様子を見せてくる。
 彼女がだいぶ前から相当息が上がっているのはわかっていた。しかし、少し容姿が優れていて出来の良い後輩だからと言って、他の奴らのように彼女だけ特別扱いするつもりはさらさらない。剣を合わせてくれと頼んできたのは向こうなのだし、他の後輩らと同じように彼女にも接するだけだ。

「落ち込む暇があるならさっさと動く。俺はグレオニーみたく優しく指導する気はないから」

「はっ、はい!! すみません!!」

「こっちは体張って全力で教えるつもりだから。故意にそういうことはしないけど、顔に傷がついても恨んだりするなよ」

「もちろんです」

「そのかわりそっちも俺の目でも鼻でも、どこでも狙ってきて構わないから。こういう時の怪我はお互い様」

「はい!! お願いします!!」

 後輩が流れる汗もそのままに剣を構える。
 少し離れた所で、グレオニーが気が気でない様子で自分たちの打ち合いを見ていた。
 口を出すなよ、と横目で奴を睨みつけると、わかってるよ、とでも言いたげな顔を向けてくる。
 その態度を見て笑いが込み上げ、以前より少しはしっかりしてきたかな、と友人の成長ぶりを俺は頼もしく思った。

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