スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

岐路<1>

2013.05.09 (Thu)
レハトが城に行く前の話と、成人後の話。他の登場人物はネタバレのため伏せます。
以前pixivにあげた「徴」を加筆修正したものです。あらすじはほとんど変わりません。
こちら反転で他の登場人物→タナッセ、ちょびっとだけトッズ


岐路<1>


 小屋に近付いた時、饐えた嫌な匂いが鼻を刺激した。それだけでここの住人がまともな暮らしをしていないと容易に想像がつく。
 細く開いた扉からは中の様子は窺えない。戸惑いながら取っ手に軽く手を触れた途端、自分の臆病な動作を嘲笑うかのように、耳障りな音を響かせてゆっくりと扉が開いた。蝶つがいが外れてゆらゆらと揺れる不安定な扉の動きが、自分が招かざる客だと告げている気がした。

 身体が扉に触れないように、慎重に隙間をすり抜ける。中に入ると匂いが一層強くなり、湿った冷たい空気が全身を撫でつけてきた。
 奥のぼんやりとした灯りを頼りに辺りを見回す。小屋の中はとても人が住んでいるとは思えないほどに荒れ果てていた。たくさんの容器や本、何かを書きつけた紙があちこちに打ち捨てられている。
 落ちている紙の一枚を手に取ろうと屈んだ時、奥から布が擦れる音が聞こえてきて、思わず動きを止める。

「……あんたか。よくここがわかったね」

 隅の方から聞こえてきた声の主は、体に布を巻きつけて床に寝転んでいた。寝台は見当たらない。どうやら、ぼろきれにしか見えないあの布のみをを寝床にしているようだ。
 ……やっと、見つけた。
 胸が激しく早鐘を打つ。それは急に声を掛けられたせいだけではないと、既に自分は気付いていた。
 唾をごくりと飲みこみ、膝が笑いそうになるのをかろうじて抑えて声のした方へと歩を進める。近付くにつれ、頼りない灯りに照らされたここの主の姿が明瞭になってきた。その主が再び言葉を紡ぐ。

「見ての通りだよ。……もう、あまり長くなさそうだ」

 この部屋の薄暗さでもはっきりとわかるほどに、相手の顔は頬がこけて青白い。布の上に放り出されている腕は目を背けたくなるくらいに細かった。盛り上がった手首の骨が、干からびた皮膚の上に大きな影を作る。

「これが神に選ばれた者の成れの果てだ。同じ徴持ちでも随分と差がついたもんだよなあ。そう思わないか?」

 今にも折れそうな腕を持ち上げ、頭に巻いている布に弱々しく触りながら相手は問うてきた。
 何も言えずに、ただじっと側に立ち尽くす。予想もしなかった相手の衰えぶりに、驚きのあまり言葉が思いつかなかった。
 そんな自分の顔を見上げて、ぞっとする笑みを崩さずに相手は言葉を続けた。

「腑に落ちないって顔だね。さあて、どうしてこんなことになったんだろう。いったい、何を何処で間違えたんだろうね」


  ◇  ◇  ◇


「どうして、額を隠さなきゃいけないの?」

 みっともないからね、と悲しそうな笑顔で母は言った。

「どうして、うちにはお父さんがいないの?」

 答えてくれない母は、やっぱり悲しそうな笑顔のままだった。だから、それ以上訊けなかった。

 村の人は表面上は優しく接してくれるけれど、どこか自分たち親子を避けているように感じることがたびたびあった。
 友達もいない。同じ年頃の子は村にもたくさんいたが、遊ぼう、と声をかけると皆が戸惑いながら困った顔をする。どうやら自分とあまり関わらないよう親に言い含められているようだった。
 そんな扱いを受けていたのは、たぶん父がいないことが理由の一つだったんだと思う。当時は何が何だかわからず、ただ戸惑うばかりで、だんだんと家に引き籠ることが多くなっていった。

 でも母はいつも自分の側に居てくれたから、いつも優しく自分を見守ってくれていたから、友達がいなくても寂しいと感じることもなかった。
 自分が笑うと母も笑う。それを見て、ますます嬉しくなって暖かい母に体を預ける。温もりが伝わってきて、母の匂いを嗅ぐと心が安らいでいく。
 この穏やかな日々が、毎日が幸せだった。

 母が突然亡くなるまでは。

 物心ついた時からずっと母の仕事を見様見真似で手伝っていたので、一人取り残されても暮らしていく分には困らず、急に生活が一変するようなこともなかった。
 村の人たちの態度は相変わらずだったが、一応自分のことを気に留めてくれているようだし、もう少し頑張れば篭りの時期に入る。成人になればもっと仕事の量も増やすことができるだろう。
 大丈夫、なんとかやっていける。
 今まで通り、ここで細々と暮らしていけばいい。

 そう思っていたのだが。やっぱり自分でも気付かないうちに無理を重ねてしまっていたらしい。ちょっと遠出をした時に、急に眩暈を感じた。
 よろける体を無理な体制で踏ん張ってしまい、足を捻って身動きが取れなくなってしまった。
 ゆっくりと歩けば移動できないこともない。でもそれだと自分の家に着くまでに暗くなってしまう。座り込んだまま途方に暮れていると、たまたま通りがかった同じ年頃の子が親切に声を掛けてくれ、その子が住む近くの村まで肩を貸してくれた。

「ここ、今は誰も使ってないから。ゆっくり休んでて」

 そう言われて、村から少し離れた納屋に案内される。
 使っていないとは言え、建物はしっかりしていて屋根に穴が開いているわけでもない。一応藁が敷き詰められていて、野宿をするよりはよっぽどましな場所だった。

「こんな所でごめんね。うち狭いし……ちょっと母さんもうるさくて。ご飯とかは持ってきてあげるから」

 医者を呼ぼうか、とその子は心配そうに自分を窺ってくる。
 骨折したわけでもないし、冷やしていれば大丈夫だから、とやんわりと固辞した。
 この分では、二、三日は満足に動けないだろう。その子の好意に素直に甘えることにして、笑顔で礼を述べた。そんな自分の顔を見て、向こうも弾けるような笑みを返してくる。嬉々として、横になれる場所を作るため藁を抱えて鼻歌まで歌い始めた。もうそろそろ暗くなるというのに、あれこれとその後も自分の世話を焼き始めて、納屋から出て行く様子を見せない。
 家に戻らなくてもいいのか、と問うと、

「しんどくないなら、もうちょっとだけお話しようよ。君、どこから来たの? なんであんなところにいたの?」

と無邪気な顔をして、矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。
 始めのうちは、なんだこいつ、と適当に相手をしていた。でも母を亡くしてから自分も話し相手に飢えていたのだろう。気が付くと二人で夢中になって夜中までいろいろと語り明かしてしまった。


  ◇  ◇  ◇


 足が治った後も頻繁にその子に会いに行った。会うたびに、次はいつにしようか、と相談してから別れを告げる。時間に融通の利く気軽な独り身の自分と違い、さすがに昼間はあの子の体があかないので、会うのはいつも暗くなってからだった。
 
 落ち合う場所は、あの納屋だ。簡素な灯りと、つまめる様な食べ物を持ちこみ、夜中まで笑い転げながらお喋りをする。向こうも自分と同じようにあまり友達が居ないようだった。だからこそ、余計に話が盛り上がってしまったのだと思う。
 そうやって話し込んで、納屋で二人とも眠り込んでしまうこともしばしばあった。
 親は心配しないのか、大丈夫か、と訊いてみても、

「いいんだよ。母さん、なんか最近特に口うるさいんだ。少しは放っておいてほしいよ。僕にだって秘密にしたいことぐらいあるんだから」

なんて言って、口を尖らせる始末だ。
 母という言葉を聞いて少し胸がちくりと痛んだが、気づかない振りをした。

 どんなに長い時間顔を合わせていても、話が尽きることはなかった。同い年ということもあり、興味の沸くもの、疑問に思うものはそうそう自分と変わらない。次から次へとお互いに話題を提供し合う。
 お互いの村のこと。
 この間あった祭のこと。
 今年の作物の出来具合、賢い害虫の退治の仕方。
 もうすぐやってくる篭りのこと。
 性別の選択のこと。

 そして、額の徴のこと。

「レハトってさ。どうして、いつも額を隠してんの?」

「えっ、これは……。これは母さんが……」

「お前さあ、俺達もうすぐ成人するんだよ? 母さんが、とか言ってるんじゃないよ。自分の意思はどこ行ったんだよ」

「で、でも……みっともないって……。そ、それに君だっておでこの徴、隠してるじゃないか」

「俺のは隠してるんじゃないの。仕事に邪魔だからこうやって布で髪を括ってるだけなの」

 そう言って俺は頭に巻いていた布を取り、解放感に息を吐いて髪をかきあげた。
 薄暗い納屋でぼんやりと光っているであろう俺の額の徴を、レハトはまじまじと見つめながらもまだ納得のいかない顔をしている。布をひらひらと見せびらかし、もじもじしている友人に言葉をかけた。

「ほら。そんな風にずっと布を巻きっ放しでいると、蒸れて痒くなってこないか? お前も取れって」

「……」

「なんで、そんなに頑なに隠すんだよ。ああそっか。レハトは村から出たことないから知らないんだな。こんな徴が付いてる子、他にもたくさんいるんだよ。みっともなくなんかないんだってば」

「……そうなの?」

 目を丸くして驚くレハトに、俺は優しい笑みを浮かべて頷いてみせた。


  ◇  ◇  ◇


 臨終の間際に、母は病のせいで細くなった腕を伸ばし、俺の手を握りながら言った。

 その額の徴は王の証なのだと。
 しかし見つかったが最後、きっと人知れず葬り去られてしまうだろうと。
 継承者が既に城に存在している今、二人目の継承者など邪魔者でしかないから。こんな辺境の地で産まれた子が王になどなれるはずがないから。
 何故、俺の額に徴が現れてしまったのかはわからない。きっと、何かの間違いに決まっている。
 だが誰にも見られてはいけない。知られてはいけない。

 そして母は何度も何度も俺に詫び続けて、そのまま息絶えた。
 これから一生、怯えて暮らさねばならない息子を一人残して。

 だからレハトの額を偶然見たときは目を疑った。
 あれは、納屋で介抱されている時のことだ。息を切らして食事を持って来てくれたレハトが、何かに蹴躓いて地面に顔を擦り付けた。大丈夫か、と声をかけると、レハトが照れ隠しの笑いを浮かべて泥だらけになった顔を上げた。乱れた前髪の隙間の、ぼんやりと光っているものを俺は見逃さなかった。
 
 徴だ。
 自分とそっくりの徴が、確かにそこにあった。

 地面に落ちた布にすぐレハトが気付き、慌てて額を手のひらで隠す。
 見た? 僕のおでこ、見ちゃった?
 みっともないもの、見られちゃった?
 泣きそうな顔をして、そんな風にこちらの様子を窺ってきた。
 だから俺は、にっこりと微笑んでみせた。お揃いだね、と言って。

 まさか、こんな身近に同じような境遇の者に出くわすとは。母の言葉は、実は病が言わせた世迷言だったのではないかと思ったほどだ。もしかしてこれは王の証などではなく、何かの拍子に現れてしまったただの痣なのではないかとも疑った。
 しかし普段から母親の言いつけを守り、几帳面に額をしっかりと隠しているレハトを見ているうちに、やはりあれは真実だったのだと痛感せざるを得なかった。徴の意味についてレハト本人はまだ何も知らない様子だったが、きっと母親は何もかも知っていて、レハトに徴を隠すことを強要しているに違いない。

 同じ徴を持つ者に巡り会えた奇跡に、体が打ち震え、笑いが止まらなくなる。
 こんな素晴らしい出会いはきっと偶然なんかじゃない。アネキウスが導いてくれたに違いない。
 俺は初めて神に感謝の祈りを捧げた。母が死んで、徴の意味を知ってから罵倒し続けていた行いを心から詫びながら。

 こんな田舎で徴持ちが一人見つかれば、もうこのような奇妙な事態は起こらないだろうと、城の者たちはきっと油断する。二人目がいる時点で既に有り得ないことなのだ。三人目が存在するなんて考えもしないに違いない。
 レハトの存在が公になれば。
 レハトが徴をさらけ出しさえすれば、俺が生き残る確率は高くなる。
 自分の身を守るため、レハトを城に捧げる生贄にしてしまおうという考えに到達するのに、そう時間はかからなかった。

 今、城に居る継承者が王になり、次にまた徴持ちが世に出てくれれば自分が追われる理由もなくなるかもしれない。
 だが冗談じゃない。いつ現れるかもわからない寵愛者を待ちながら、ずっと怯えて暮らし続ける日々なんてまっぴらごめんだった。

 俺に幸運をもたらしてくれた愛すべき友人は、相変わらずうじうじと頭の布を外すのに躊躇していた。まだ俺の言葉が信用できないのか、上目づかいにこちらを見つめて問うてくる。

「ほ、ほんとに、おでこにこんなのがついてる人が、他にもいるの?」

「いるさ。そりゃもう、たっくさん。うじゃうじゃと」

「……」

「信じられないなら、お前のだーい好きな母さんにも訊いてみたらどうだ? そうやっていつまでもべたべたと母さんにひっついて、言うこと素直にはいはいと聞いてりゃいいさ。レハトは甘えん坊だからな」

「……っ!! 僕は甘えん坊なんかじゃない!!」

「じゃあ明日から、そんな布取っ払って一日過ごしてみろよ」

「……それは……」

 強がりを言ったものの、やはり母親の言いつけを破る勇気までは持ち合わせてはいないらしい。
 それきり、レハトは黙り込んでしまった。

 まあ、別にいいさ。
 篭りの時期まで、時間はまだあるんだ。いろいろじっくりと君を城に差し出す手段を考えるよ。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。