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岐路<3>

2013.05.12 (Sun)
レハトが城に行く前の話と、成人後の話。完結しました。
他の登場人物はネタバレのため伏せます。
以前pixivにあげた「徴」を加筆修正したものです。あらすじはほとんど変わりません。
こちら反転で他の登場人物→タナッセ、ちょびっとだけトッズ


岐路<3>


 数ある草の中から、状態の良い物を見分けて次々と毟っていく。今日は思ったよりも大収穫だ、と破顔して籠に溜まった草の山を見つめていた。すると、近くの屋敷から人が出てくる気配を感じた。
 何か因縁でも付けられたら厄介だ。顔を合わせないほうがいい。
 何気なくその場を去ろうと立ち上がる。しかし、屋敷の人間は自分を見つけるとすかさず声をかけてきた。

「あ、あの。もしかして、最近ここらで薬を売り歩いている方では?」

 身なりからして、この屋敷の使用人のようだ。
 縋るような泣きそうな顔をして、こちらを見つめている。

「……そうですが」

「ああ、丁度よかった。あの、奥様が階段から足を滑らせてしまって……。打ち身や捻挫に効く薬をお持ちじゃないでしょうか」

 屋敷の大きさから言って、結構な身分の者の家だと思われる。貴族なのは間違いないだろう。
 もしかしたら、だいぶ吹っかけても相当な金額のお礼を貰えるかもしれない。そんな目論みもあって、愛想良く答えてやった。

「ええ、持っています。使い方や保管の仕方など説明したいので、とりあえず中に入ってもよろしいでしょうか?」


  ◇  ◇  ◇


「本当に助かった。心から礼を言う」

 邸宅で自分を出迎えたのは、驚くほど若い主人だった。
 ……そういえば、最近こちらに移ってきたとどこかで聞いた気がする。奥様、と確かあの使用人は言っていたが。新しく家を構えて越してきたということか。
 こんなでかい家に似つかわしくない若夫婦。
 お貴族様は優雅で結構なことだ。

「医者を呼ぼうとしたら、ただの捻挫だからそんな必要はないと妻が駄々をこねてしまって……途方に暮れていたところだ。いや、確かに丈夫なのが取り柄ではあるのだが……」

 なんだか自分が想像していた貴族の奥方というものとは、かなりかけ離れているような。だが、駄々をこねていようがおしとやかであろうが、自分にはなんら関係のないことだ。
 貰うものを貰って、さっさと帰ってしまうに限る。あまり体の調子も良くないことだし。

「下に居る使用人に代金を申しつけてくれ。いくらでも言い値で払おう」

「ありがとうございます」

 さて、どのくらい吹っかけてやろうか。笑みを浮かべてそんなことを考えていると、主人の背後に位置していた扉が開いた。
 寝間着姿で現れた華奢な人物が、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。
 主人がしかめ面をして、苦言を呈した。

「なんだ、大人しく寝ていろと言っただろう。だいたいそんな格好で人前に……。まあいい、お前からも礼を言え。薬を……」

 主人の肩越しで目を見開いている人物は、記憶と違い女性と化していたが古い友人に間違いなかった。
 面影とか、髪の色とか。
 そんなものでは決してなく。
 額の徴。それだけが、かつて自分が蹴落とした友人と同一人物であることを物語っている。

 何故ここに。どうして。徴があるのに。
 いろいろと頭の中で疑問が駆け巡るが、答えを出す前に咄嗟に部屋を出た。扉をくぐると同時に、腕を取られて動きが止まる。
 振り返ると、彼女が自分の腕を両手で掴んでいた。その必死な形相から、自分が何者なのかを向こうも理解していることは一目瞭然だった。

 放せ、と怒鳴る自分の声と、目を丸くした主人がこちらに駆け寄ってくる足音が重なる。
 何をしているのだ、と主人が彼女の動きを拘束した。それを振り払いながら、レハトが自分に向かって懸命に腕を伸ばしてくる。
 レハトの指先が、頭に巻いていた布に触れた。そのまま乱暴にそれを剥ぎ取られ、反射的に顔を背けて手のひらで額を隠す。
 片手で彼女の体を思い切り突き飛ばし、悲鳴を上げる使用人らを蹴散らすようにして、わき目もふらずにその場から逃げ出した。


  ◇  ◇  ◇


「そりゃ驚いたなんてもんじゃないよ。もとから居た継承者が王になったってのは知ってたから、やっぱり処刑されたか、城で飼い殺しにでもなってると思ってたのに。いったいどんな手を使って、あんなどでかい屋敷の奥方様の座におさまったんだか」

 頼りない明かりの火が、今にも消えそうに揺らめいている。
 話を続けながら、男が時折こちらに視線を移してきた。痩せこけている顔とは裏腹に、その瞳だけはやたらと生気を放っている。それが却って、この男の不気味さを際立たせていた。

「もう一目散に逃げたよ。追手が来るかもって怯えながら必死こいてね。それでその後も、同じようにまた逃亡しながら研究を続けてたってわけ。……話せることはこれで全部だ。どう? 気が済んだ?」

 長い長い溜息をついて、男が言葉を続ける。

「作り話かどうかはそっちで判断してくれ。捕えるつもりなら好きにしろ。どっちみち、もうそんな長くもない命みたいだからさ」

 男はそう言い捨てて、背を向け寝転んでしまった。
 待て、とすぐさま腕を伸ばして男の肩を掴む。
 力を込めて自分の方へと向かせ、相手の目を見て言葉を発した。

「……まだ肝心なことを聞いていない」


  ◇  ◇  ◇


 だから待てというのに!! そんな足で何処へ行くつもりだ!!
 あの薬売りがなんだと言うのだ。いきなり掴みかかって、気でも狂ったのかと思ったぞ。
 
 何? 額? 徴が?
 落ち着いて話せ。さっぱりわからん。
 いや、その前に寝室に戻れ。そんな格好で座り込んでいては体が冷えてしまうだろう。ほら、運んでやるから掴まれ。

 こら暴れるな!! 私まで怪我を負わせる気か!!

 まったく……。あれだけ気を付けろと言ったのに、どうしてお前はそう怪我を負うような行動ばかりを繰り返すのだ?  その度に私や使用人らが肝を冷やすのがわからんのか。仮にもだな、領主の奥方が……。
 わかった悪かった。小言は後でまとめてするとしよう。

 どれ、見せてみろ。痛むのは足だけか? ああ、いかんな。だいぶ腫れてきた。
 待っていろ、今……。
 薬を取りに行くだけだ!! それくらい待てんのか!! この布は引っ張るために身に付けているわけではないと、何度言えばわかるのだ!!

 ……わかった。お前が頑固で石頭なのは私がいちばんよく理解しているつもりだ。これでもお前の夫なのだからな。
 さあ話せ。存分に話せ。どれだけ大した話なのか聞いてやろうではないか。
 ……なんだ、その不満げな顔は。

 ……待て。
 そんな話を信じろと? 本気で言っているのか?
 信じられるわけがなかろう。お前ときたら何を言い出すのかと思えば……。
 そんなにわらわらと徴持ちが現れてたまるか。お前だけでも稀有な例だと言うのに。
 見間違いか、勘違いか、もしくは、ぼんくらな子供だったお前を見て、面白可笑しくからかってやろうと思った奴がいたかのどれかだ。
 よかったな、解決したぞ。気が済んだか?

 ……枕は投げる物ではないと、私に何度言わせる気だ?
 この寝室に花瓶がないのはお前のせいだぞ。本当は本棚も置きたかったのを、お前がそうぽんぽんと手に届く物をむやみやたらと投げつけるから、止む無く……。
 ……そうだな。話がずれた。戻そう。

 仮にお前の話が真実だとして、だ。
 心優しい夫が、三文小説にもならない話をこうして辛抱強く聞いてやっているというのに、妻はもう辛抱できぬとばかりにここから抜け出そうと隙を窺っている。足を怪我しているのにもかかわらず。
 それはどう説明するのだ?

 見た? 何が?
 ……何を見たって?


  ◇  ◇  ◇


「レハトは、お前の額に徴が無かったと言っていた」

 目の前の男の肩を掴んだまま、私はゆっくりと言葉を放った。

 男から目を逸らさずに睨みつけたが、相手の口は開かれることはなく、表情も全く変わらなかった。
 返事を求めることを諦め、肩から手を離して話を続ける。

「あの時。頭の布を剥ぎ取った時に、一瞬だけだが確かに見たと。乱れた前髪の隙間に光る徴はなかったと、あいつはいつまでも喚き続けていた」

 男は相変わらず無表情のままで、呑気に指で頭を掻いていた。
 擦り切れそうな汚い布をぴっちりと頭に巻いていて、額はここから確認することはできない。
 自分の言葉に動揺もせず、まだ余裕を貫くその姿勢に焦燥感が募る。そんな自分をからかうように、相手がうすら笑いを浮かべて、やっと声を発した。

「徴、ねえ……。さあ、どうだろ。奥さんの見間違いかもしれないよ? 一瞬だったんでしょ? もしくはあんたの言うとおり、もともとそんなものはなくて俺がレハトを騙くらかしただけなのかも。それともこの布の下には光る徴があるのかな。あんたはどう思う?」

 そこで、ようやく訊きたかった問いを口にする。
 このために。
 これを訊くためだけに、私はここを探し当てたのだ。

「もしかして、薬は既に完成していたのではないか?」

 自分でも情けなくなるほど声が震えていた。
 男の顔が笑みからまた冷たい表情に戻り、低い声で問い返してきた。

「それ聞いてどうすんの?」

 こちらが返事をする前に、苛立った様子を隠すさず男は大声でまくし立ててくる。

「だいたいさ。あんた何しに来たのさ? 愛する妻の話の真偽を確かめに? あれから何年も経ってるのに、ずいぶんと執念深く探し続けたもんだ。それほど俺に執着する理由って何? 嫉妬? な、わけないよな。奥さんに頼みこまれたか? 額の徴を確認してこいって」

「……」

「薬が出来てたらなんなんだよ。何をするつもりだ? 今更、あいつの徴を消すわけでもあるまいに。薬を奪い取って、大々的に国中に発表でもする気か?」

「妻が、子を宿した」

 少しの間も開けずに、私は静かにそう呟いた。


  ◇  ◇  ◇


 産まれてくる子の額には、徴があるのかもしれない。
 有り得ないこととは言い切れないだろう。自分を取り巻く環境を考えると、むしろ可能性は高いと言ってもいいくらいだ。
 でもそれは悩みの糧とはならなかった。私の子であることには変わりないのだし、徴があるからといって、不幸になると決まったわけではないのだ。

 もう自分一人の体ではないのだから、あいつにはもっと母親になったという自覚を持たせて、より一層慎重に行動させねば。これからの体調を考えて、自分の仕事も少し前倒しにする必要がある。
 
 そんなことを考えて自宅の階段を下りていたら、手すりについた微かな傷に気が付いた。昔、レハトが階段から転げ落ちた時に付いた時の傷だ。
 
 あの時、彼女はやたらと興奮しながら、自分と同じ徴を持った友人が、再会した時には魔法のように綺麗に消えていた、と言っていた。馬鹿馬鹿しいと一笑に伏すも、引き下がらない妻と長く口論になり、怒りが収まらないまま、しばらく寝室を別にする日が続いた。
 碌に口も利かない私たちを、使用人らが戸惑った顔で遠巻きに見ていたのを思い出す。
 自分もまだ若く、頑固な所があったのは否めないが、よくもあれだけ長い間お互い意地を張り続けていられたものだ、と思わず笑みがこぼれてくる。
 謝るきっかけを見い出せず、見かねた使用人らに無理やり同じ寝室に押し込まれてなんとか問題は解決したのだが、情けないあの頃の自分を思い描くだけで、恥ずかしさで顔を覆ってしまいたくなった。

 そう。
 そんなただの、昔の思い出話のはずだったのだ。

 他愛もない昔の話だ。
 ……そう、笑い話。
 傷ではあるまいし、消えるわけがない。
 ……でも、もしかしたら。
 いや消える消えないの問題ではない。徴持ちが他にも居るわけがないのだ。
 ……でも、もし。本当に消すことが可能なのだとしたら?

 昔の自分の所業を思い出す。レハトを巻き添えにした恐ろしい所業を。
 あの時は失敗した。中断した、と言うべきか。
 あのように魔力を使うのではなく、もしかしたら何か別の方法が存在するのでは……。

 いや、違う。そんなものは必要ないのだ。
 子に徴があってもいいのだ。消したいと思ってるわけでは断じてない。

 だが、年下の従弟の苦悩を思い出す。
 母に浴びせられた中傷を思い出す。
 レハトの城での生活を思い出す。

 徴を持って現れたまだ成人前の妻に、昔の自分は何をしてきた?
 それが今度は自分の子にも襲いかかるのでは?
 因果応報、という言葉が思い浮かび悪寒が走る。
 しかし、回避することができるのなら。取り除くことができるのなら。

 もう考えを振り払うことは出来なかった。


  ◇  ◇  ◇


「そんな馬鹿げた思いだけで、身重の妻に隠れてお前を探し、彼女を一人置きざりにして、ここまで辿り着いたというわけだ。愚かだろう? まだ子に徴があるかどうかもわからないというのに」

 自虐的な笑みを浮かべて言ったが、男は何の反応も見せなかった。

「かつての所業を棚にあげ、自分勝手な考えだとは十分承知している。それでも構うものかと考えたことも否定しない。だが実際、その方法を目の当たりにしたら……どうするつもりだったのだろうな、私は」

 そんな自分を、男はただ黙ってじっと見つめていた。
 消えそうに揺らめいていた明かりがとうとうその役割を終え、何の音もなく静かに暗闇を呼び寄せる。
 視界がきかなくなると意図せず耳が敏感になり、風の不気味な音がやたらと響くような気がした。それに混じって、布が擦れる音が聞こえてくる。
 不審に思って項垂れていた頭を持ち上げ、暗闇に慣れてきた目を凝らすと、いつの間にか男が布から這い出ていた。座っている自分を見下ろし、囁くように声を掛けてくる。

「額、見るか?」

 一言だけ。
 そう訊いてきて、男は頭を覆っている布に手をかけた。
 
 その言葉に誘われるように、ふらりと自分も立ち上がった。
 暗闇と言えども、それを確認するのになんら問題はない。もし神に選ばれた証がそこにあるならば、それは自ら光を放つことでその存在を示すからだ。長年、妻の額を、母親や従弟の額を嫌というほど見てきた自分は、十分すぎるほどそれがわかっていた。

 震えながら腕を伸ばし、男の頭へと手を近付ける。
 汗が顔を伝うのを感じた。
 指先でそっと布を撫でつけ、そして固く拳を握りしめる。

「……やめておく」

 ゆっくりと腕を下ろし、息を吐いてその場に座り込んだ。
 眩暈がして胃の中の物を戻しそうになる。手で顔を覆い、深呼吸を繰り返して息を整えた。

「……産みの繋がりも、もうそう軽くはないだろうに。そんな体に鞭打ってこんな所まで来て、何もできないなんて馬鹿じゃないの?」

「……まったくだ」

「早く帰ってやんなよ。あいつも同じように苦しんでるって、今の自分の状態ならわかるだろ?」

 そう言って、男がまた布を纏って寝転がる。
 自分に背を向けたまま動こうとしない。もう何も語る気はないようだ。
 まさか、もう既に息絶えてしまったのでは。そう思ってしまうほど、男はいつまで経ってもその体制を崩すことはなかった。
 外が明るくなるまで、自分もその側でただ黙って座っていた。

 扉に手をかけ、外の明るさに目が眩みそうになる。
 振り返り、今にも崩れそうな小屋を見て、ふと思った。

 ここは魔の草原に近いとも言えなくもない。
 彼は自らの意思でここに居を構えたのだろうか。
 それとも、彼も何かに呼ばれてここへ辿り着いたのだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えて、私は重い足取りで家路へと足を向けた。

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