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盾となり、矛となり<1>

2013.05.16 (Thu)
女レハト衛士、男ヴァイル王様のその後の話です。


盾となり、矛となり<1>


「陛下、レハト様が」

「うん、呼んだんだ。通してやって」

 山のような書類との睨み合いを中断して、頭や腕を回しながら体の凝りをほぐす。完全に運動不足だ、と鉛が重くのしかかっているような肩のだるさを感じて溜息が出た。

 じっとしているのは性に合わない。かと言って、周りの目を盗んで剣を振り回したり、城の中をどたばたと駆けずり回ろうものなら、威厳がどうの自覚がどうの、と成人前とは比べ物にならないほどの叱責を食らうのは、この一年で嫌というほど学んだ。
 剣術に長けて、力強い王が居てもいいんじゃないかと自分は思うのだが。どうやら王というものは、玉座にふんぞり返って、その裏で超人の如く驚くべき早さで仕事を次々とこなしていく、そんな並はずれた能力の持ち主のはずだと皆が揃って決めてかかっている節がある。いくら徴持ちだからと言って、なんでもかんでも伯母のように最初からそのような真似ができるはずもない。みんな、寵愛者というものは何をしても壊れない、完全無欠な人の形をした何か別な生き物と勘違いしているんじゃないか、と書類の一枚を指で弾きつつ思った。

 王に相応しくなるべく勉学を強いられていた時も。
 つい先日までこの城に居た伯母から、気が遠くなるほど膨大な引き継ぎ事項を聞かされていた時も。
 自分は頭の中で数々の愚痴の言葉を垂れ続け、解放されたらあれをしようこれをしよう、ということばかりを考えていた。しかし、あんなものはまだまだ序の口だったのだ、と終わりの見えない仕事の量を目にして、ますます意欲が萎えて行く。

 やがて扉が開き、侍従に促されて衛士の服に身を包んだレハトが部屋に招き入れられた。一礼して侍従が出て行く。口やかましい者が居なくなってこれ幸いとばかりに、腕を組み足を机の上に乗せて楽な体制を取った。だが、自分に近づいてくるレハトを見た途端に、記憶していた彼女の姿とのあまりの違いに驚愕する。

「……どしたの、その髪」

 背筋を伸ばして姿勢良く佇む彼女の髪は、別人かと見紛う程に短くなっていた。
 確か、先日ちらりと見かけた時はまだ長かったはずだ。廊下を通る自分に道を開け、彼女が軽く礼をした時に、束ねられた綺麗な長い髪が風になびいていたのを覚えている。

「剣を振るのに邪魔ですから」

 子供のころから表情に乏しい彼女は、何を考えているのかわからないと感じることがたびたびあった。
 こうして言葉を交わしている今も彼女は目を少し細めるだけ。陶器の仮面をかぶっているのでは、と疑うほどに整った顔立ちを崩さない。
 もうよい大人なのですから、陛下は感情を表に出さないということを少しは学んだらいかがかと、皆に言われ続けている自分とは大違いだ、と思った。そんなに、なんでもかんでも露わにしているつもりは全然ないんだけど。
 
 王になったと言っても嫌なものは嫌なままだし、嬉しいことがあれば面白おかしくはしゃいで何が悪いんだろう。不貞腐れる自分がまだまだ子供だということは十分自覚している。何事にも動じなさそうな彼女のその態度が、皆が自分の言動に溜息をつく原因の一つだということも知っていた。「もうお一方の寵愛者様はあんなにも落ち着いていらっしゃるのに」と、何度言われたことかわからない。

「それにしたって……。ずいぶん思い切ったもんだね」

「特に思い切ったつもりもありませんが」

「髪は女の命、とかよく聞くけど」

「この先、飾り立てするような機会もありませんし。気持ちを引き締めるのにも、良い機会だと思いまして」

「まあ……確かに、そうだけどさ」

「手入れに手間をかけるくらいなら、陛下のお役に立てるよう、鍛錬に時間を割くべきだと判断したまでです」

 女のくせに相変わらず色気も何もあったもんじゃない。躊躇なく髪をばっさりと切ってしまうほど、仕事に意欲満々なのは見上げた心意気だ、と褒めてやりたいところだが。せっかく他人がうらやむほどの端正な目鼻立ちをしているのだから、もう少し身なりに気を遣ったほうが良いのでは、と余計なお世話とわかりながらも頭の中でぼやいてしまう。

 どうせ、自分が何を言っても彼女は聞きやしないのだ。言うだけ無駄なのはわかっている。
 
 言葉遣いにしたってそうだ。
 成人した途端に、今までとは違うのだと言わんばかりに彼女は自分に対して敬語を使ってきた。
 慣れないから止めろと言う自分に、これからは主君と家来となるのだから、そういうわけには、とこれまた断固として彼女は耳を貸そうとしなかった。
 融通が利かないとはこういうことを言うのだろう。性別は違えど、口がよく回る石頭の従兄を彷彿とさせた。

「……じゃあ俺の護衛、引き受けるってことでいい? 衛士長からの推薦とは言え、一応レハトの意向も聞いておこうと思ってこうして呼んだんだけど」

「もちろんです。謹んでお受け致します」

「でもほんとに大丈夫かなあ……。うっかり俺を切っちゃったりしないでよ?」

「ご心配でしたら、陛下自ら実力をお試しになりますか? 王になったら試合の優勝者との一騎打ち、と以前は仰っていましたが」

「……いい。やめとく」

 成人前から御前試合で優勝し続けてきた彼女と一騎打ちなんて、冗談じゃない。命がいくつあっても足りない気がする。子供の頃と違い、実力の差がわからないほど馬鹿ではないつもりだ。

「詳しい仕事の内容とかは他の人に聞いて。まあ、そうは言っても俺の後ろにぞろぞろ付いて歩くぐらいしかないと思うけど。もう行っていいよ」

 手をひらひらとかざして、彼女の退出を促す。
 するとレハトが急に佇まいを直し、こちらを射抜くようなまっすぐな視線を向けてきた。

「この身に代えましても、陛下をお護りするよう尽力致します。どうぞ、安心して背をお任せください」

 失礼致します、と言って彼女が一礼する。顔を上げた時に、口の端をわずかに上げたのが見えた。その珍しい表情に何故か一瞬心臓が高鳴る。
 きびきびとした動きで彼女が部屋を出て行った後も、そんな自分の感情が理解できずにいたが、高く積まれた書類の山が目に飛び込んできてすぐに頭を切り替えた。机に乗せていた足を下ろし、胡坐をかいて憎たらしい書類を手に取る。
 その時には既に、「次はどうやってこの仕事をさぼる口実を作ろうか」という作戦を頭の中で練り上げていた。


  ◇  ◇  ◇


 可愛げがない。
 レハトがこの城に来た頃、皆の口からよく耳にしていた言葉だった。

 いつも同じ顔をして、何を考えているのかわからない。
 話せば受け答えはするが、笑ったところなど一度も見たことがない。
 心が死んでいるのではないか。それほどまでに、今まで住んでいた村で酷い扱いを受けていたのだろうか。
 皆が陰でそう噂していた。

 それでも、城にやって来たレハトを友人だと思って自分は接してきた。同じ徴を持つ者同士、しかも年も同じならば、きっと仲良くやっていけると期待に胸膨らませていたのだが。
 あれこれと話しかけても面白くない反応ばかりを返してくる彼女の態度に、浮かれていた自分がだんだんと馬鹿みたいに思えてきた。そのうち彼女に構うことに飽き、接する機会も自然と減っていった。

 何故、衛士になるとわかっていながら女を選んだのか。一度、彼女に訊いてみたことがある。
 いつもと変わらず、感情を表に出さない彼女は、

「色々と思うところがありまして」
と、一言だけ告げた。
 それ以上何も言うつもりはないという空気を醸し出す彼女を見て、どうしても知りたかったわけでもなかった自分は特に深く追求することもしなかった。

 態度に多少問題があるとは言え、彼女の衛士としての仕事ぶりは評価が低いわけでもなかったようだ。周りの方が彼女に次第に慣れていった。そう言った方が正しいのかもしれない。
 地道に黙々と仕事をこなす彼女は、ゆっくりと周りの信頼を得て、やがて衛士長から王の側付き護衛として推薦を受けるほどまでとなった。

 御前試合での彼女の活躍ぶりを見る限り実力は申し分ないし、頭が固いと評判の衛士長が推すくらいなのだから、護衛に就くことに文句を言うつもりはさらさらない。
 だが拒否の意思こそ示さなかったものの、彼女自らが進んで護衛を願い出たわけではないという話を耳にした時、なんとなく面白くない気分になった。

 それと同時に気付く。
 どこへ行っても何をしても、自分は皆から気に掛けられるのに慣れ切ってしまっていたということに。

 自分が動くと、周りの視線がそれに合わせて動く。
 何かをするたび何かを言うたびに、うざったいほどに反応が返ってきた。
 そんな生活をずっと物ごころついた時から送ってきて、それは継承者である限り仕方のないことで当たり前のことなのだと思い込んでいた。
 だから、成人前のレハトの冷たい態度は、自分にとってちょっとした衝撃だったのだ。もう一人の寵愛者などに興味は無い、という感情をぶつけられるのは初めての経験だった。

 王の側付き、というものは衛士ならば誰でもこぞって願い出るものなのでは、と思っていたが。彼女にとってその役職はそれほど心惹かれる魅力的なものではなかったようだ。

 そんな風に他人に興味を抱かずに我が道を突き進む彼女が、身を呈してまで王である自分を護ることなんて本当にできるのだろうか。
 まさか、暴漢に襲われたりするような事態になっても、我関せずと側でただ見ているつもりなのでは。
 先日のあの言葉も、ただその場を取り繕うためのものだったのでは、と急に疑心暗鬼に陥る。

 歩きながら、気まぐれに後ろを振り返ってみた。
 他の護衛らと肩を並べて静かに後ろを歩いているレハトは、いつもと同じ無表情のままだ。

「……何か?」

「いや。別に」

 自分の視線に気付いた彼女が問いかけてくるも、そっけなく返事をする。
 
 今のところ、彼女は何の問題もなく護衛の仕事をこなしていたが、気になることがもう一つあった。
 他の護衛らの態度だ。
 彼らは以前と違い、明らかに浮き足立ってそわそわとして落ち着かない様子が見ていて滑稽なほどだった。
 女の衛士。しかも整った顔立ちをしている人物と始終側に居て仕事をしているのだから、無理もないかもしれない。けど、みんな王の側付き護衛であるという自覚が少し足りないのではないか、と腹立たしくなる。あんたらほんとにやる気あるの、とそのうち睨みの一つでもきかせてやったほうがいいのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、急にレハトが自分の行く先を遮って前に進み出てきた。

「……なに? どしたの?」

「……」

「さっさとどいてよ。通れないじゃん」

「……申し訳ありません、少し失礼します」

 そう言って、彼女が腕を伸ばしてくる。ひやりとした彼女の冷たい手が自分の額に当てられ、驚いて思わずその手を払いのけてしまった。彼女の突飛な行動に、他の者も動けずに目を見開いて驚いている。

「なんだよ、いきなり。何すんの」

「熱があります。今すぐ医務室に向かいましょう」

 ……何でわかったんだろう。
 朝起きた時からだるい感じはしていたけれど、大したことはないだろう、と気付かないふりをしていたのだ。
 少しくらいの熱で周りが大騒ぎするのもうんざりだったし、医士に睨まれながら苦い薬を無理やり飲まされるのも、なるべくなら避けたかった。

「いいよ、大丈夫」

「駄目です」

「大したことないし。すぐ下がるって」

「大したことがないのかどうかは医士が判断することです」

「俺がいいって言ってるんだからいいの」

「こちらも気付いた以上、見過ごすわけにはいきません」

「うるさいなあ、もう。ほら行くよ。謁見の時間に間に合わなくなる」

 レハトを押しのけて無理やり通ろうとすると、いきなり彼女がこちらの手を取って力強く握ってくる。そして、ずんずんと自分を引っ張るようにして先に歩き始めた。どうやら力ずくで医務室まで連れて行く気のようだ。

「ちょっ、放せって。医務室なんか行かないってば!! レハト!! 放せよ!!」

 抵抗を試みるも、レハトは自分の言葉を無視してひたすら突き進む。さすが女と言えども衛士なだけあり、強く掴まれた手は簡単に振りほどけそうもない。
 他の護衛らがあわてて自分らの後を追ってきたが、寵愛者ということもあるのか、誰もレハトの無謀な行動を止めようとする者は居なかった。
 結局、そのまま無理やり医務室まで連れられてしまい、医士の診察を受けさせられた。見るからに苦そうなどろどろとした薬湯を渡される。口に中に広がる苦みに辟易しつつ、側に控えているレハトを睨み上げた。

「……なんでわかったの」

「いつもより、少し歩みがゆっくりだと感じましたので」

「ふーん……」

 案外、見ていないようでよく観察しているんだな、と少し意外に感じた。

 なかなか減らない薬湯を手にしながら、レハトと手を繋ぐなんていつ以来のことだろう、とふと思う。
 昔と違う彼女の手の柔らかさに、あの時抵抗しながらも自分は少し驚いていた。
 引きずられる間、見え隠れしていた彼女の白いうなじ。
 自分よりも低い身長。
 腰の細さ。
 久しぶりに間近に見た彼女は、全てが自分の記憶と違っていた。

 なんだか落ち着かない気分になり、むしゃくしゃして薬湯を一気に飲み干す。口直しに、とすぐに医士が差し出してきた小さなお菓子を乱暴に受け取って、口の中に放り込んだ。

「一つじゃ全然足りない。もっとちょうだい」

 医士が聞こえない振りをして、場を離れていく。
 その態度を見て、説明のできない苛立ちが余計に募った。

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