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盾となり、矛となり<2>

2013.05.18 (Sat)
女レハト衛士、男ヴァイル王様のその後の話です。


盾となり、矛となり<2>


 気分転換に散歩でも、と中庭に足を向けた。だが、空はどんよりと厚い雲で覆われていて、連日の激務でくたびれ果てている自分の心情を表しているかのようだった。これじゃますます気が滅入ってくる。それでも部屋でじっとしているよりはましだ、と護衛を引き連れてどんどん足を進めた。

 奥の縁台に座っている人影が目に入った。レハトだ。
 近づくと向こうも自分に気付いて立ち上がり、規律正しく一礼してきた。
 レハトを見るなり、後ろに控えている護衛らが鼻の下を伸ばすのを自分は見逃さなかった。今日は彼女が非番のため、せっかく彼らが以前のように凛とした態度を取り戻していたというのに。大の男が揃いも揃ってでれでれとして情けないことこの上ない。横目で護衛を睨みつけながら彼女に話し掛けた。

「何してんの?」

「特に、何というわけでも」

「あっそ」

 別に彼女に用事がある訳じゃない。これと言った話題も思い浮かばず、レハトから視線を外してさらに中庭の奥へと進もうとした。その時、何の前触れもなくものすごい勢いで雨が中庭全体を襲った。
 突然の出来事に、動くことも忘れて茫然とする。

「うわー……」

「陛下、早く中へ」

 護衛に促されて我に返り、レハトと共に急いで城の中へと向かった。
 雨の勢いが強くて目を開けるのもやっとだ。歩き慣れている場所のはずなのに、方向感覚が狂いそうになる。先を走る護衛に導かれ、息を切らして回廊に辿り着いた時には一同全身ずぶ濡れ状態だった。

「一度、着替えるために部屋まで戻りましょう」

「えええ、めんどくさい。どうせ誰も気にしないんだから、その辺に干しておけばいいよ。乾くまですっ裸で……」

「なりません。王たる者がそんなはしたない格好でうろうろされては困ります。それに、そんな泥だらけで玉座の間に足を踏み入れるわけには参りません」

 自分の声を遮って、護衛が怖い顔をして睨んで来る。
 言われて初めて気付いたが、慌てて中庭を突っ切ったため足元が泥にまみれていた。確かにこれでは、掃除をする使用人らに陰口を叩かれてしまいそうだ。

「……はいはい、わかったから。そんな顔しないで……」

 返事をしている途中で、同じようにずぶ濡れになっているレハトの姿がふと目の端に入り言葉を失う。途端に顔から耳から熱くなるのを感じ、慌てて顔を背けた。急に落ち着かない態度を取りだした自分に護衛たちが首を傾げるが、彼らもすぐにレハトに気付き、もじもじと目を泳がせ始める。
 非番の彼女は衛士の服ではなく、薄い布の普段着を纏っていた。水に濡れたため、その服がぴったりと体に張りついて、彼女のなめらかな女性らしい体の線をくっきりと浮き出させている。服の下に身につけているであろう下着らしきものまでうっすらと透けて見える始末だ。
 そんな自分らの様子をまったく気にもかけず、レハトは水がしたたる髪を鬱陶しげにかき上げていた。

「れ、レハト……」

 なるべく彼女の方を見ないようにして、声をかける。

「……? なんでしょう」

「は、早く着替えてきなよ」

 解せない、という態度で、彼女がすぐに反論してきた。

「私は泥が跳ねないよう気を付けて走ったので、陛下のように泥まみれではありませんが」

「そうじゃなくて。ふ、服が……濡れてるから……」

「濡れているのは私だけではありません」

「いや、そうだけど。そんなことを言ってるんじゃなくて……」

「私がこの中でいちばん下っ端なのですから。先に他の方々に着替えていただいて、その間に私が陛下の部屋まで同行するべきかと」

「いいから!! あんた非番だろ!! とっとと着替えて来いってば!!」

 とんちんかんな答えばかりを返してくる彼女に苛々して、しびれを切らして怒鳴り声でやり返す。自分の剣幕に少し戸惑う様子を見せたレハトだったが、やがて軽く一礼してその場を去って行った。肩を落とした護衛らが溜息をつくのが聞こえてくる。

 ……男に囲まれた職に就いているというのに。あんなに無防備でいいものなのだろうか。それとも、そんな環境で仕事をしているからこそ、無頓着に拍車がかかってしまったのか。
 女に飢えてる奴らばっかなのに、もし襲われでもしたらどうするんだよ、と頭の中でぼやく。でもすぐに、そんな真似でもしようものなら逆に相手が怪我を負うことになるのかと思い直した。

 自分がわざわざ心配する必要なんかないんだ。
 なんだかよくわからないけど、腹立たしくなってきた。
 
 部屋に向かおうとする自分に付いてきてはいるものの、護衛らが名残惜しそうにレハトの背中をちらちらと振り返って見送っているのに気付き、ますます不愉快になる。

「ぐずぐずしないで。さっさと行くよ」

「あ、も、申し訳ありません」

 ……ほんとに。いつか腕っぷしの強い男に手篭めにされたって知らないぞ。
 少しでも早くレハトを護衛らから遠ざけたくなり、慌てて追いついてくる彼らを引き離す勢いで歩を進めた。


  ◇  ◇  ◇


「……陛下」

「なに」

「わたくしは陛下と二人きりでお茶を飲みたい、と申し上げたはずなのですけれど」

「飲んでるじゃん」

「……その後ろに立っているお方は、人のうちに入らないとでも仰るのですか?」

 卓を挟んで座っている貴族女性が、自分とその背後に立つレハトを交互に見つめる。相手が無理をして笑顔を作っているのが手に取るようにわかり、吹き出してしまいたくなるのを耐えるのに苦労した。

「護衛なんだから仕方ないだろ」

「部屋の外で、というわけにはいきませんの?」

「それじゃいざって時に間に合わないじゃん。じゃあ、もしここで俺が誰かに襲われでもしたら、あんたが代わりに俺を護ってくれんの?」

「そんな、お戯れを……」

「空気と思っていいから。で、なに? どうしても話したいことがあるっていうから、こうやって時間を割いてるんだけど。とっとと済ませてくれない?」

 しつこく誘ってくる相手の魂胆が見え見えで、少しからかってやれ、と思いついてレハトを同行させてみた。にこりともせずに石像の如く背後に構えている護衛の存在は、想像どおり相手の動きを抑えるのに大いに役立ったようだ。貴族女性はいつものような不愉快極まりない強引な手段に出ることもできずに、落ち着かない様子でちらちらとレハトの様子を窺いつつ茶を飲み続けている。
 
 毎度のことながらうんざりする。
 嫌がる自分をよそに、近寄ってべたべた触ってきたり腕を絡ませてきたり。
 少し強気な態度で拒絶しても彼女らは決してめげることなく、名誉ある王配の座を勝ち取るために、あの手この手で自分を狙ってきた。
 
 どうして結婚なんかしなきゃいけないんだろう。別に一人のままでも国を治めるのに問題はないのではないか。
 頭に浮かぶのはいつも同じ言葉だが、そんな言い訳が臣下たちに通用するはずもない。よくもまあ次から次へと見つけてくるものだと感心するほど、彼らは適齢期の貴族女性を途切れることなく自分に押し付けてきた。

「何もないなら、もう行っていい? 俺、忙しいの」

 その言葉に、相手の顔がぷるぷると震え出す。しかしまだ笑顔を保ち続けているのは大したものだ、と褒めてやりたくなった。

「では、お忙しくない時にでもまたお誘いしますわ。今度こそは二人きりで」

「は? 俺が忙しくない時なんてあると思ってんの?」

「……ではせめて、次の舞踏会で一曲お相手してくださるのを、今ここでお約束していただけません?」

「やだ。俺、躍るの嫌い」

「……」

「もういい? いいよね? じゃ、お茶ご馳走様」

 まだ言い足りない、という顔をしている相手を無視して、レハトを連れて強引に部屋を出た。

 中で充満していた甘ったるい匂いが、まだ体に纏わりついている気がする。あれ以上あの場所に居続けたら、気分が悪くなって腹に溜まった茶を全部戻してしまっていたかもしれない。印象付けるためなのかなんなのかは知らないが、いくらなんでも無駄にお香を焚き過ぎだ。
 
 そう言えば、と振り返って背後のレハトを見る。彼女からお香などの類の匂いを感じたことは今までなかった。
 本人に直接聞かなくても答えは容易に予測できる。必要ないので、とか、興味がないので、とかそんなところだろう。
 護衛なのだから、鼻が曲がるほどの匂いをまき散らされても困るけど。いきなり短く髪を切ってしまったことといい、先日の雨に打たれた時の態度といい、こっちがひやひやするほど彼女は自分が女だという認識が欠落している気がする。

 そんな彼女でも、いつかは誰かと身を固めたりするのだろうか。
 まるで想像がつかない。
 そもそも、男に興味を持つ、なんてことが彼女の中に存在するのだろうか。

「やっぱさ、レハトでもいつか結婚したいとか思うもんなの?」

 我ながら失礼な訊き方だとはわかってはいた。
 でも彼女は特に気分を害したようでもなく、こともなげに即答してくる。

「私は結婚はするつもりはありません」

 ……やっぱりな。
 いつもならここで会話を終わらせるところなのだが、自室に着くまでの暇つぶしと続けて問いかけてみた。

「一応、あんたも寵愛者なんだしさ。その徴目当てに、いろいろとうるさく言い寄ってくる男とかいるんじゃないの?」

「それなりには」

「どんな言い訳して逃げ回ってるのか教えてよ。今後の参考にするから」

 すると、少し戸惑ったような口調でレハトが答える。

「……結婚をするということは、つまり子供をもうける、ということでしょう?」

「まあ、そうだろうね。普通は」

「そうなったら、陛下をお護りすることが難しくなってしまいます。体調も崩してしまいますし。お腹の大きい護衛なんて聞いたことがありません。私は陛下の護衛であり続けるために結婚はしない、と普段から皆に伝えておりますが……。陛下の今後の参考にはならないかと」

 予想もしなかった彼女の言葉に、しばし絶句する。
 足を止めて振り返り、まだ困惑した顔をしているレハトを思わず凝視した。

「……じゃあ、俺のためにずーっと独り身を貫く覚悟ってわけ? 子供を産むこともなく?」

「もちろんです。そのつもりでこの任を受けたのですから」

「……本気で言ってんの?」

「……? 仰る意味がよくわかりませんが……」

 なぜ今更そんな当たり前のことを聞いてくるのだ、とでも言いたげに彼女が眉をひそめる。

 少し、いや、かなり意外だった。
 結婚しない、という答えは予想がついてはいたが。どうせ男に興味がないとか他人と寄り添うつもりはないとか、そんな理由を想像していた。それがまさか、自分の護衛を続けるためだとは。

 子供の頃に自分から離れて行った世話係を思い出す。
 あの人は、子供ができて城から去ることを選択した。それは仕方のないことだし、想い人の子を産みたいと思うのは至極当然のことだ。
 だがレハトは。
 そんな女ならば誰でも当たり前に願うような生き方よりも仕事を選ぶと、さも当然のことのように言い放った。それが本当に、この先ずっと成し遂げられるのかどうかは別として。

 なかなか動こうとしない自分を不審に思ったのか、レハトがますます表情を曇らせる。

「……何か変なことを申したでしょうか」

「……いや」

 踵を返し、彼女に背を向けて廊下を歩き始めた。気のせいか、自分の足取りが軽いように感じる。
 部屋に辿り着く頃には、あの貴族女性の部屋で感じていた苛立ちが既に消えていた。

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