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盾となり、矛となり<3>

2013.05.21 (Tue)
女レハト衛士、男ヴァイル王様のその後の話です。


盾となり、矛となり<3>


「俺も、狩りに行ってみたい」

 そう口にした途端に、側に居た侍従頭がぎろりとこちらを睨んでくる。
 言いたいことはわかっている。そんなことをする暇があるのなら目の前にある仕事をさっさと片付けろと、言葉にせずともその顔が語っていた。

 非番の時にはいつも何をして過ごしているのか。仕事の片手間に、そんなことをレハトに何気なく訊いてみたのがそもそもの発端だった。
 訓練場に居ることが多い、とやはり予想どおりの面白くもない言葉を返してきた彼女だったが。他の衛士らに誘われて近くの狩り場に繰り出すこともたまにある、と思い出したように付け加えてきた。
 
 狩り。その言葉を聞いて、急にむくむくと興味が沸いてくる。
 狩りはまだ経験したことがなかった。機会があればやってみたい、と思ったことが昔あったような気もするけれど、あれはいつのことだったろうか。記憶を辿ってみるもよく思い出せない。
 誰かとそんな話をしていて興味を持ったような。誰だったっけ……伯母さん? じゃないな。あれは釣りの話だ。捕りたての獣肉の美味さは格別だと言っていたのは……。

 仕事をする振りをして頭の中でいろいろと思いを巡らせていると、急にレハトが現実に引き戻すような言葉を口にした。

「陛下が狩りをするのは……少し難しいかと思いますが」

「なんで?」

「まず弓に慣れなければ、何もできません」

「あー……。そっか」

 剣術は師範を付けてもらって習ってはいたが、確かに弓に触れたことは今まであまりなかった。
 俊敏な獣が剣で仕留められるわけがない。剣を振り回して必死に追いかけたところで、自分の足の速さでは容易に逃げられてしまうのが目に浮かぶ。まさか次から次へと剣を投げつけるわけにもいかないし。
 諦めるしかないのか、と溜息をついて再び書類を手に取るが、すぐに名案を思いつく。
 できないのなら、できるようになればいいのだ。

「じゃあ、レハト教えてよ。弓の扱い方」

「私が、ですか?」

「使えるんでしょ?」

「一応、それなりには」

「よし。そうと決まれば今すぐやろう、そうしよう」

 そう言って、うきうきと弾む気持ちを抑えきれずに勢いよく席を立つ。すると、もう辛抱ならんとばかりに侍従頭が進み出てきた。

「陛下、まだ目を通していない書類が……」

「後で徹夜する覚悟で頑張るから。休憩も必要でしょ。さ、レハト、行こ行こ」

「陛下!!」

 怒鳴り声を背中に浴びながら、戸惑うレハトの体を押して執務室を脱出する。

 護衛の一人に言いつけて、自分の体に合う大きさの弓を用意してもらった。
 矢を飛ばすとなれば、やっぱり広い所でなければ練習にならないだろう。人気の無さそうな広い場所、と思案するも、レハトが提案してきたのはいつもの中庭の一角だった。

「……こんな狭い所でやんの?」

「実際に弓を引いてみればわかります。今はまだ、ここで十分です」

 一応、人が近寄らないよう護衛らを遠巻きに見張りに立たせ、一本の木を的に見立てる。
 さあ、やるぞ、と気合を入れて、木からかなり離れた所で弓を構えて矢を放ってみた。
 力いっぱい引いたはずなのに、矢がひょろひょろと頼りない動きを見せて静かにぽとりと落ちる。まるで瀕死状態の虫みたいだ。的の木まで半分の距離も飛ばなかった。

「……」

「正しい構えで、かなりの量をこなさないと、矢を真っ直ぐ遠くに飛ばすのは難しいんです」

 ……自分は何をするにも器用な方だと自負していたのだが。さすがにそう簡単にはいかないようだ。
 落ちている矢を恨めしく見つめる。しかし、気落ちする暇も与えられずに、レハトの指導が容赦なく始まった。

「まず顎は引いて首を真っ直ぐに。腕の力だけに頼らずに背中を使って、足はもっと開いて」

「え? え?」

 きびきびとした声で彼女が教示してくる。頭では理解しているつもりでも体が言うことをきかない。それに、思った以上に弓を引くのに力が要る。
 普段使っていない筋肉が既に悲鳴を上げていた。腕が震えてしまい、余計な力が入ってあちこちの血管が切れそうになる。

「もう少しこう……」

 急に、背後から手が伸びてきた。自分に覆いかぶさるように、彼女が手を添えて構え方を補正する。
 彼女の息遣いを耳元で感じた。
 少しでも動けば触れてしまいそうになるほど、レハトの顔がすぐ近くにある。

「あまり力まないで。体の左右の均衡が大事なんです。重心を真ん中に置く感じで」

 彼女の力を借りて構えた弓を引いてみる。でも、思うように手に力が入らない。
 胸の鼓動が早鐘を打つように鳴り響いていた。すぐ側にいる彼女に聞こえてしまいそうなほどに。
 落ち着け。落ち着けってば。
 なんで、レハト相手に。どうして、こんな。

「もう一度。いいですか、呼吸に合わせて弓を……」

 必死に冷静さを取り戻そうとするも、レハトの柔らかい体の感触がそれをいとも簡単に追い払ってしまう。
 取り乱している自分にお構いなしに、弓を引けば引くほど彼女は体を押し付けてきた。鏡石を見なくてもわかる。今の自分はきっと耳の先まで真っ赤に違いない。熱心に指導する彼女の言葉なんて、全然耳に入ってこなかった。
 
 さすがに様子がおかしいと気付いたのか、彼女がやっと体を離して自分の様子を窺ってくる。

「……だいぶ、お疲れのご様子ですね。今日はもう止めておきましょうか」

「い、いや!! だいじょぶ、まだできる」

 相変わらずの彼女の鈍感さに安堵し、顔を見られないように地面に置いてあった矢を拾おうと身を屈める。だが、矢はするりと自分の手から逃げ、レハトがそれを握りながら再び助言を口にした。

「まだ矢を番えるのは早すぎます。まずは上手く弓を引けるようになって……」

「引けるようになって?」

「それから矢を使って、気が遠くなるくらいの本数をこなせば……」

「こなせば?」

「的に当たるかどうかはともかく、遠くに飛ばせるようにはなるかと」

「……」

 道のりはまだまだ長そうだ。
 こんなに難しいものだとは思わなかった。

「……やはり、止めましょうか?」

「いや。やる。やります。やってみせる」

 狩りにはどうしても行ってみたい。時間を見つけてこつこつと練習を続けようと決意した。運動不足の自分には良い息抜きとなるだろう。

 息苦しいほどに激しく胸を叩いていた動悸もだいぶ収まりつつある。
 そうだ、さっきは急に体をくっつけられて自分は驚いただけなんだ。そうでなければ、レハト相手にこんなにも動揺する理由がわからない。
 そう、そうに違いないんだ。

 気を取り直して、また弓を構える。レハトも先ほどのように体を近づけてくることはなく、弓を引く動作を繰り返す自分を眺めて、時折口を挟むだけに留まっていた。

「でも、レハトが弓を扱えるなんて、ちょっと意外。そんなに弓が気に入ったの?」

 なにくそ、と半ば意地になって、腕や指の痛みに耐えながら弓を引き続ける。少しは慣れてきて、こうして弓を引きながら口を利けるようにはなってきた。
 彼女から矢を使っていいと許可が下りるのは、いったいいつのことになるんだろう。
 この分だと、もしかしたら明日は筆が持てなくなって仕事にならないかもしれない。憤怒の形相の侍従頭が頭に浮かんだ。

「……興味を持ったわけではないのですが。非番だからと言って一人で過ごしてばかりいないで、時には付き合いも必要だと指摘されまして」

「へえ」

 駄目だ。もう指が限界かも。
 でも、なんとなく彼女の前で弱音を吐くのが悔しかった。
 いつも澄ましている彼女に上達ぶりを見せつけて驚かせてやりたい。まあ、俺が本気出せばこんなもんだよ、と鼻高々に言ってやりたかった。

「それで、なんで狩りになんの? 付き合いが大事ってんなら、一緒に酒でも飲んでりゃいいじゃん」

「私は酒を嗜まないので」

「ああ、そっか」

「ですが、まさか他の方と一緒に娼館について行くわけにはいきませんし」

「……そうだね」

「それで狩りならば、と……」

「陛下!! いい加減になされませ!! 辺りが暗くなるまで休憩されるおつもりか!!」

「うげ」

 遠くから、侍従頭の怒鳴り声が聞こえてくる。どうやらしびれを切らして、ここまで自分を探しに来たようだ。
 仕方がない、今日はもう引き上げよう。うるさい連中の目を盗んでまた練習すればいい。
 矢を使わないのなら、どこでだって特訓はできる。レハトを毎回付き合わせなくても、たまに見てもらえば十分だろう。
 
 次に見てもらうときには、レハトが驚いて、すぐに矢を使う許可を出してくるくらいにまで上達してやる。
 侍従頭の怒声が中庭に響き渡る中、大事に弓を抱えて執務室へと戻った。


  ◇  ◇  ◇


 それからも暇を見つけては、弓を引く練習を続けていた。
 今度こそはどうだ、とレハトを呼び付けて自信満々に弓を引いてみせるが、なかなか矢を使う許可が彼女から下りない。それでもめげることなく、筋肉痛と戦い手の豆を潰して医士に睨まれても、いつか絶対狩りに行くのだという固い決心は揺るがなかった。

「……でも、どうでしょうねえ……。陛下が狩りに行くなんて、許可が下りるでしょうか。きっとまた、侍従頭殿が良い顔をしませんよ」

 護衛の一人が、どこへ行くにも弓を手放さない自分を見て渋い顔をする。

「そうなんだよねー。『とんでもございません!!』って顔を真っ赤にするよねー、やっぱり。さすがに目を盗んでちょっとだけ行ってくるってわけにはいかないし……」

 今から侍従頭のご機嫌を取っておこうと、最近は真面目に仕事に取り組む姿勢を見せてはいたが。それだけではいまいち威力に欠ける気がする。
 
 すると、別の護衛が口を挟んできた。

「それなら侍従頭殿はひとまず置いておいて、先に衛士長から攻めてみてはどうですか。あの人、昔から狩りには目がなくて、弓を抱えてはいそいそと出かけるのを以前はよく見かけましたよ。さすがに今は急がしくて、非番と言えども滅多に城から出られることはないみたいですけど」

「……ああ、そう言えば……」

 護衛の言葉で記憶が甦る。
 そうだ。昔、まだ衛士長になる前に、自分の護衛についていたあの人から狩りの話を聞いたんだった。
 頭の固い彼が、狩りの話になると途端に嬉しそうに語り出すのに少し驚いたのだ。それで、そんなに熱くなるほどに楽しいものなのか、と急に狩りが魅力的なものに思えて、昔の自分は好奇心が湧いたのだった。

「なるほどね。ありがと、考えてみる」

 どうやって狩りの許可を得るかも大事だけど。それよりも今は、早く矢を使えるようにならなければ話にならない。またレハトを部屋に呼び付けて、今夜こそは彼女から許可をもぎ取ってやろう、と弓を握る手に力が入った。

「……熱心なのは結構ですが、ほどほどにしてくださいよ。睡眠を削ってまで弓を引いていることも、うすうす侍従頭殿は気付いておいでですよ」

「だいじょぶだって。仕事に支障は出てないでしょ」

 別に練習のために睡眠を削っているわけではなくて、寝付けないから弓を引いてるだけなんだけどね、と頭の中で呟く。だが、もちろんそれは口には出さずにおいた。

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