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盾となり、矛となり<4>

2013.05.23 (Thu)
女レハト衛士、男ヴァイル王様のその後の話です。

盾となり、矛となり<4>


 鹿車の窓から、そっと外の様子を覗いてみる。広場の天幕から出てくる人々は、皆が笑顔で手にした椀を大事そうに抱えていた。中には母親らしき女性に手を引かれている小さな子供も居る。お世辞にも清潔な服装とは言えない親子の姿を見て、なんとも言えない気持ちになった。
 成人前と同様、王を継承してからも焚き出しは続けられていた。だが、城下町だけでこんなことを続けたところで、他の貧しい僻地などはどうするのか。その日の食を得られない者は他にもたくさんいるのにと、こうして様子を見に来るたびに心が痛む。
 ……王になったと言っても、成人前と何も変わっちゃいない。日々の仕事をこなすのに精一杯で、自分はまだまだ未熟で、こんなにも無力だということを思い知らされる。

「もういいよ。行って」

 御者に声を掛けて、鹿車を走らせた。
 落ち込んでいるだけでは何も問題は解決しない。わかってはいても、体を揺らす車の振動がますます自分を苛立たせた。
 同乗している侍従や護衛らに気付かれないように、小さく溜息をつく。固く腕を組み、眠っている振りをして、城に着くまで話しかけるなという雰囲気を全身から放った。意図していないのに、眉間に皺を寄せてしまう。

 今日、同行している人数はいつもよりも極めて少なかった。
 それというのも、先日から高熱が出るたちの悪い風邪が城内で流行り出し、まだ完治せずに寝込んでいる者が大勢いるからだ。そんな騒ぎに巻き添えを食うこともなく、自分は健康そのものでぴんぴんしていた。
 人手が足りず慌ただしい日が続く中、

「付いて行ける者が少ないので、今日の視察は見送っては」

との声もあったが、動ける者だけを引き連れて半ば強引に城を抜け出した。
 侍従が一人に護衛が二人、そして御者が一人。こんなに少ない人数で城外に出るなんて初めてのことかもしれない。いつもならば、息苦しいほどこの鹿車にぎゅうぎゅうと人を押し込められるくらいなのだ。

 城に居るはずの侍従頭はまだ寝込んでいるのだろうか。寝台の中で「また王が勝手なことを」と、ぶつくさ文句を言っているのかもしれない。
 目を閉じてそんな想像をしていると、いつもより帰城にかなり時間がかかっていることに気付いた。

「……まだ着かないの?」

 自分の声に反応して、隣に座るレハトがこちらに顔を向ける。
 だが彼女は何も喋らず、代わりにもう一人の護衛が意味ありげな笑みを見せてきた。

「……なに、その笑い。どしたの。なんかあったの?」

「許可は得ております。寄り道をしていきましょう」

 何がなんだかわからずに混乱する。やがて御者の声が聞こえてくるのと同時に、鹿車が徐々に速度を落とし始めた。
 扉が開けられ、目に飛び込んできたのは広い広い草原だった。周りに人の気配はなく、穏やかな風に草が波打っている。遥か遠くに、ぼんやりと城の塊らしきものが見えた。どうやら城下町から少し離れた場所のようだ。
 草や土の匂いが鼻を刺激し、どこからか鳥の囀りが聞こえてきた。こんな風景を目にするなんて、いつ以来だろう。昔に見た、かの地の恐ろしい草原とはまるで違う空気に、次第に心が安らいでいくのを感じた。

 ぼんやりと風景を見つめている自分に、レハトが弓と数本の矢を差し出してくる。

「ここで、少し練習をしていきましょう。もう矢を使ってよろしいですよ」

「え……え? いいの? ていうか、寄り道してほんとに大丈夫なの?」

「今日だけは特別に、とのことです。その分、明日からまた目一杯仕事に励むようにと、伝言を承っております」

「……」

 しばし広大な景色に心奪われていたが、ふと、先ほどの親子の姿が頭をよぎった。
 再び胸にちくりとした痛みが走る。

「いや、いい。……悪いけど、そんな気になれない」

「……あまり、眠れていないようだと聞いております。この視察の前後になると特に」

「……」

「陛下が常日頃から、この問題に頭を悩ませていることは皆が知っております」

「悩むだけなら誰でもできるよ」

「ですが、他の者に任せることに猛反対されて、目を背けることもせずに、忙しい合間を縫っては毎回こうして自ら赴かれているではありませんか。見て見ぬ振りをするよりはよっぽどましです。何もせずに口だけの輩から、偽善だなんだと言われる筋合いはない。そうお考えになることはできませんか」

「……」

 レハトの言うこともわかるが、そう思えたらどんなに楽か。
 王は玉座に座るようになってから臆病になられた。そんな風に言われたこともある。口にこそしなかったが、「ならばお前がここに座って国の一つでも治めてみろ」と、その時は不貞腐れたものの、言葉はいつまでも自分の中で重く圧し掛かっていた。
 
「侍従頭や、衛士長らの気持ちも汲んでやって下さい。ここでくたくたになるまで体を動かして、今日ぐらいは悩む間もなく眠れるようにと、お二人が出した結論です。……どうしても、と仰るのなら、すぐにでも帰城致しますが……」

 犬猿の仲とも言われているあの二人が、顔を突き合わせて、しかも話し合うところなどとても想像ができなかった。何が気に入らないのかは知らないが、侍従頭と衛士長はお互いがお互いを避けているようなところがあり、必要なこと以外は滅多に口も利かないというのは有名な話なのだ。

 ……そんなに心配をかけていたのか。
 情けなくなると同時に、皆が自分を気遣ってくれていたことに胸を打たれる。こんな立場に置かれた自分の気持ちなんて誰にもわかるものか。そんな風に奢っていたのかもしれない。以前よりも、周りが見えなくなっていたのかもしれない。
 
 振り向くと、もう一人の護衛や侍従、御者が自分に笑顔を向けていた。
 戸惑いがちにレハトの方へと手を伸ばし、弓と矢を受け取る。

「……いいのかな」

「あまり長居はできませんが」

 風に吹かれて、レハトの髪がなびく。
 髪の隙間から見え隠れしたその顔は、間違いなく微笑を浮かべていた。


  ◇  ◇  ◇


 長居はできない、とレハトは言っていたが、かなりの時間をそこで練習に費やした。
 むやみやたらと矢を消費するのではなく、一本一本、どのくらいの力加減で矢がどのような軌道を描くのかを考えて弓を引け、と早速レハトから指導が入る。

「ですが、だいぶ遠くに飛ぶようになってきましたね」

「そうかな」

 珍しくレハトに褒められて、思わず頬が緩む。
 側で見ていたもう一人の護衛が、驚くように呟いた。

「……陛下、すごいですねえ……。自分も昔、弓に挑戦したことがありましたけれど……。あまりに難しくて途中で断念しましたよ」

「そりゃあ、特訓したからね」

「この分なら、狩りに行けるのもすぐじゃないですか? 侍従頭殿をいかに攻略するかという問題が残っていますけど」

「まあ、なんとかするよ。そのためにも、明日からはより一層、真面目に……」

 護衛との会話を遮るように、急にレハトが手を伸ばしてきて自分の動きを制してきた。辺りを窺いながら、いつになく厳しい顔つきをしている。彼女の様子に気付き、もう一人の護衛もすぐに立ち上がって周りに目を配らせていた。

「……なに?」

 何が起こったのか理解できず問いかけるも、レハトが振り返って指を口元に宛がう。「喋るな」と言っているのだ、と気付いた時には、護衛が青ざめた顔で剣の柄に手をかけていた。
 やがて、遠吠えのような鳴き声が耳に届く。かなり離れた所から、何か獣のようなものがふらふらした足取りで近づいてくるのが見えた。

 ……犬? 狼? 
 城に居る番犬よりも、かなり大きそうだ。口からはよだれをだらしなく垂れ流し、目が鋭く釣り上がっていて、尋常ではない様子なのがここからでも見て取れる。

 獣がこちらに気付き、動きを止めて唸り声をあげた。いつ突進して来てもおかしくない状態だ。

「う、わ……」

 情けない声が口から漏れ出た。
 レハトと護衛が一瞬だけ顔を合わせる。
 言葉は交わさず、お互いが頷くのと同時にレハトに弓を取り上げられた。

「弓を、お借りします。陛下は早くお車へ」

 その言葉が合図だったかのように、護衛に体を抱えられ、ものすごい力で鹿車の方へと引きずられた。侍従が扉を開けて自分を中に入れようと促す。しかし、弓を握り締めてその場を動こうとしないレハトが視界に入った。

「何してんだよ!! レハトも早く……!!」

「……病気を持っているようです。ここで仕留めておかないと、他に被害が出ます」

「だからって……!! 放せ!! レハト一人だけ置いてなんて行けるか!!」

「陛下!! 早く中へ……!!」

 騒ぎ始める自分たちに興奮したのか。獣がその歩を急に早めて、こちらへとまっしぐらに突き進んでくる。ゆっくりと弓を構えるレハトに向かって声を振り絞る。自分の言葉にならない叫びにも、レハトは微動だにしなかった。
 彼女が弓を引き、狙いをつけた瞬間。無理やり中へと押し込まれて扉が乱暴に閉められた。
 暴れる自分を護衛と侍従が必死に押さえ込み、

「車を出して!! 早く!!」

という声で、鹿車がぐらりと揺れて動き出す。
 
 扉を開けて飛び出そうとしても、護衛に服を掴まれ乱暴に引き戻される。何度かそんな行為を繰り返したが、屈強な護衛の力に敵うはずもなく、どんどん遠ざかって行くレハトの姿を窓から見ることしかできなかった。


  ◇  ◇  ◇


 部屋に侍従頭と衛士長の怒声が響き渡る。
 口を挟むことすらできない険悪な雰囲気が漂い、その応酬を大勢の者が遠巻きに固唾を飲んで見つめていた。

「寵愛者殿に何かあったら、どう責任を取るおつもりか! 何故、彼女を置いてきたのです!! あの護衛のほうが残るべきだったと、こんな簡単なこともわからないほど貴方の部下は臆病者であられるか!! 王の側付き護衛が聞いて呆れるわ!!」

 侍従頭が、部屋の隅に佇んでいた衛士の一人を鋭く指差す。自分の視察についてきた護衛だ。彼がびくりと肩を震わせて項垂れるが、衛士長が攻撃から庇うようにして前に進み出た。

「彼は弓が使えないのですから仕方がないでしょう。そう、ぎゃんぎゃんと喚き立てないでください、侍従頭ともあろう方がみっともない。状況を見て、最善と思われる判断を彼らは下したまでです。その選択は間違っていなかったと私は思いますが」

「ならば、せめて二人とも残るべきはないか!! 一人で危険な獣に対応するよりはよっぽどましだろうが!!」

「護衛を一人もつけずに陛下を城までお連れしろと? 途中、何かあったら侍従一人で何ができると言うのですか」

 衛士長の言葉に、今度は侍従の一人が怯えたように身を竦ませる。
 続けざまに、衛士長はうすら笑いを浮かべて言葉を放った。

「それに、そんなに心配なさらなくても、彼女ならば獣の一匹ぐらい一人で簡単に仕留めますよ。手塩にかけて育てた部下の腕を私は信じております。使えない奴らばかりだと、いつも侍従らを叱り飛ばしている貴方と違ってね」

「なんですと!?」

 真っ赤になった侍従頭が叫んだ。頭の血管が浮き出て、今にもぷつんと切れてしまいそうだ。侍従頭は側にあった卓を乱暴に叩いて、今までよりも一段と大きな声で不満を口にした。

「だから私は反対したのですよ!! あんな所で弓の練習などと……!!」

「何を仰る。陛下の気分が晴れるならば、と最終的には貴方も首を縦に振ったではありませんか。今更それを覆して、責任逃れとは男らしくもない」

「あんな危険な場所だと知っていれば、承諾なんぞしませんでした!!」

「病気の獣が突然現れるなどと誰が予想できますか!! 私が通っていた頃は、兎鹿一匹居ないような何の危険もないところで……」

「貴殿の昔話など結構!! そもそも、私が寝込んでいたのをいいことに、そちらが勝手に視察の許可を出すからこんな……」

「うるさい!!」

 自分の一喝で、二人が我に返ったように黙り込む。途端に、重苦しい沈黙が部屋を包みこんだ。

 城に着いて、すぐにレハトのもとへ衛士らを向かわせた。だが、まだ戻って来たという報告は入ってこない。
 外はもう真っ暗だ。時間が刻一刻と過ぎると共に、不吉な方向へと想像が働いてしまう。
 
 怪我を負って、動けずにいるのではないか。
 獣を追ううちに、あの場所から遠く離れて、暗闇で戻れずにいるのではないか。
 それとも、まさか……。

 最悪の事態が脳裏に浮かび、慌てて頭を振って考えを振り払う。
 そんなことばかりを繰り返していた。

 まだか。まだ戻ってこないのか。
 今すぐにでも自分が探しに行きたい。そんな簡単なことすらも許されない自分の立場を呪わしく思い、もどかしさで頭がどうにかなってしまいそうだった。
 もし、自分のせいで彼女に何かあったら……。嫌だ。そんなの絶対に嫌だ。
 せめて、正門まで出張って様子を見てこようか。それくらいならば許されるのでは、と思った時。呼び鈴も慣らされずに突然扉が開かれ、侍従が部屋に飛び込んで来た。

「陛下!! レハト様が戻られました!!」

 侍従の言葉に椅子が倒れる勢いで立ち上がった。
 部屋の一同がざわめく中、声を振り絞って問いかける。

「レハトは!? 無事!?」

「ご無事です!! 今、医務室で手当てを……」

 心臓がわし掴みにされたような感覚に陥る。

 手当て? 医務室で?
 獣に傷を負わされた? 病気を持ってる獣に? 
 だって、そんな。
 そんな傷なんかつけられたら、傷口から……!!

 皆を押しのけて部屋を飛び出した。わき目もふらずに医務室へと走り抜ける。慌てて着いてくる大勢の足音が背後から聞こえてきたが、そんなものに構っている暇などなかった。
 乱暴に医務室の扉を押し開けると、大人しく椅子に座っているレハトの姿が目に飛び込んで来る。その頬に刻まれた大きな一筋の傷を見て、駆け寄ろうとした足が思わず止まった。

「……れ、レハト……」

「戻りが遅くなって申し訳ございません。死体を焼却しておりましたら、案外手間取ってしまって……」

「れ、レハト……そ、それ……」

「陛下がご無事でなりよりでした」

 この期に及んで、まだ自分のことを気にかけるのか。相変わらずの彼女の態度に怒りさえ沸いてくる。
 堰を切ったように彼女に近づき、両肩に手を掛けてたまらず声を荒げた。

「なに……それ。なんだよ、それ!! あの獣にやられたの!?」

「陛下、落ち着いてください」

「落ち着いてなんかいられるか!! やっぱり一人にするんじゃなかった!! だから、だから言ったのに!! あんた馬鹿だよ!! なんで俺なんかのためにそこまで……!!」

「いえ、あの……」

「ねえ、傷深いの!? レハトに伝染ったりしない!? ねえ!!」 

 振り返って側にいる医士に詰問する。すると、自分の荒げた声とは正反対の、静かな口調で、

「陛下」

と、レハトが自分の手をそっと下ろした。

「獣には一切触れておりません。使い慣れない弓でしたので糸が切れてしまいました。これは、その時の傷です」

 ……。
 糸。
 獣の爪などではなくて。
 糸が切れたはずみでついた傷。

 頭の中で彼女の言葉を反芻し、急に体中の力が抜けた。その場にへたり込んでしまいそうになるのを、なんとか踏みとどまる。
 急に、喉に焼けつくような痛みを感じた。そんなになるまで、自分は取り乱して大声を上げ続けていたらしい。

「近づかないように気を付けましたので。仕留めるのに使った剣もすぐに……」

 震える腕を伸ばして、無意識のうちに彼女を強く抱き締めた。不意の行動に、レハトの言葉が途中で途切れる。

 よかった。本当によかった。
 彼女の温もりを直に感じ、無事でいてくれたことにやっと心から安堵した。

 馬鹿。馬鹿だよ、ほんとに。
 なんなんだよ、こんなに心配させておいて。
 そんな、なんでもないことのような顔しちゃって。人の気も知らないで。
 何がご無事でなによりだよ。いい加減にしろよ。

 涙で目がぼやけてきた。人前で、それもレハトの前で泣くなんてかっこ悪い。
 そう思えば思うほど、大粒の涙が顔を伝っていった。
 鼻をすする自分に気付いて、レハトが声をかけてくる。

「……申し訳ありませんでした」

 傷の手当てを、とおろおろしている医士と、やっと追い付いた侍従頭たちに引き離されるまで、レハトの無事を何度も確認するように、自分は彼女の頭を胸に抱いていた。

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