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盾となり、矛となり<5>

2013.06.01 (Sat)
女レハト衛士、男ヴァイル王様のその後の話です。

盾となり、矛となり<5>


「……なんでレハトの名前が入ってないの?」

「宿泊先や鹿車の収容人数から考えて、護衛全員は連れて行けませんので。ただ単に、腕の立つ者を優先した結果でございます」

 城から少し離れた土地の領主から、ぜひ陛下に視察に来ていただきたい、と綴られた手紙が前々から城に届いていた。特に何か問題が起きているわけでもないようだが、ここ最近になって、そんなに地方の領主というものは暇を持て余しているのかと疑いたくなるくらいに、続けざまに鳥文を寄こしてくるようになった。
 たまには遠出もいいかもしれない。こんなことでもなければ、先日の一件のせいで城から出させてもらえる機会が激減してしまうかもしれないし。
 そう考えて、少し前倒しに仕事を片付けていた。珍しくやる気に満ち溢れていたのに、同行する者の名前が書かれた書類に目を通して、目当ての名前が無いことに気付く。久々の遠出に弾んでいた心が、暗雲が押し寄せるようにどんよりとした気持ちに変わっていった。

「そんな、危ない所へ行くわけでもないのに……」

「この間のようなこともございますから。下っ端などではなく、安心して護衛を任せられる者をと、私も少し口を出させていただきました」

 何が誇らしいのか、侍従頭がこれでもかと胸を張って鼻息を荒くしながら言い放つ。
 少し? 絶対に少しじゃないだろ。またいつもの如く、衛士長と城を揺るがすような怒鳴り合いを延々と続けたに決まってる。

「レハトはちゃんと俺を護ってくれたじゃん。……なんか最近、レハトを俺から遠ざけてない? そうやって、俺の知らないところで立場の弱い奴に責任取らせるのやめてよ。レハトは何も悪いことしてないのにさ」

「とんでもない。そんなつもりは毛頭ございません」

 嘘つけ。じゃあ、ここ数日、不自然なほど彼女の姿を見かけないのは、どう説明するつもりだよ、と侍従頭を睨みながら頭の中で文句を垂れる。
 謹慎、とまではいかないまでも、何もお咎めなしというのはいかがなものか、とかなんとか衛士長に嫌みの一つでもかましたに違いない。いかにもこの侍従頭がやりそうなことだ。このまま護衛を外される、なんてことにはならないと思うが、万が一にでもそんな事態になったら自分はなんとしてでも阻止するつもりでいた。

 もう、彼女をただの護衛として見ることができなくなったと気付いたから。
 彼女に惹かれている自分に気付いてしまったから。

 あの医務室での行為は感情の高ぶりのせいだけなんかじゃない。心が押し潰されそうになりながら彼女の帰りを待ち続けた、とてつもなく長く長く感じた時間。もし彼女に何かあったら、と想像した時の絶望感。
 護衛の安否を気遣う、というだけでは、あの時の自分の気持ちは説明がつかなかった。

「とにかくレハトは連れてくからね。はい、もう決定ー。あ、衛士長呼んできて。俺が直接言うから」

 侍従頭に任せていては、また勝手に話が進んでしまうに違いない。
 命を受けて、苦虫を潰したような顔で部屋を出て行く彼に、にんまりとした笑顔を見せつけてやる。晴れ晴れとした気持ちを再び取り戻し、山積みの仕事に取りかかっても頬が緩むのを抑えることができなかった。
 久しぶりの外出。それもレハトと一緒。
 ただの旅ではなく視察なのだとわかっていても、彼女が一緒だというだけで柄にもなくそわそわしてしまう。

 レハトは結婚する気はないと言っていた。でも、護衛として自分の側にずっと居てくれるとも言った。
 男に興味を示さない彼女が、自分にだけは特別な態度を示していると感じるのは、決して自惚れではないと思う。どういう心境の変化があったのかは知らないが、成人前に彼女が見せていた自分へのそっけない接し方とは明らかに変わってきていた。少なくとも、嫌われてはいないと思う。向こうが自分を一人の男として見ているかどうかは別として。

 ……まあ、焦ることはないや。誰かに盗られる心配もないのだし。
 そんなことを色々と考えつつ、知らず知らずに鼻歌まで口ずさんでいる自分に気付く。部屋に一人だと分かっていても慌てて周りを見渡してしまった。


  ◇  ◇  ◇


「あー、もう疲れた疲れた疲れたああ。なんだよ、もう。全然急いで見に来る必要ないもんばっかだったじゃん」

 勢いよく寝台に倒れ込んで枕に頭を埋める。高級な布の感触が肌を撫で、心地よく沈み込む弾力が眠気を誘ってきた。
 ここの家の者は、いつもこんなすごい物ばかりを日常的に使っているのだろうか。それともやはり、自分が宿泊すると言うことで特別に用意した物ばかりなのか。
 別にそんな気を遣わなくてもいいのにな、と指先で人肌のような滑らかな布の感触を弄ぶ。王の滞在ともなれば、ある程度は仕方の無いことかもしれない。でもいくらなんでも、ちょっと気合い入りすぎじゃないの、と目が眩みそうな調度品で埋め尽くされた客間を、寝転がったままの体制で見回した。その視界を遮るように侍従頭が側に寄って来て、いつものように小言を口にする。

「我儘を申してはいけません。陛下がいらっしゃることで、この街の皆が、より一層……」

「だってさー。見に来い見に来いってうるさく言ってくるから、こうしてはるばるやって来たのに。孤児院はまだちょびっとの柱しか建ってないくらい建設が進んでないし、医療施設は継承前に見に来たばっかだし。あとどこ行ったっけ? 神殿? なんかあの神殿の人たち、いかにも迷惑でございますーって顔してたよね。何を訊いてもそっけない態度だったし」

「決してそんなことは……」

「結局はこうやって騒々しく俺を出迎えて、接待したいだけだったの? 随分、大金はたいてるよねー。そんなに潤ってんなら、ここだけ税率上げてやろうかな」

 一日中あちこちと連れ回され、暗くなる頃に宿泊先でもある領主の屋敷に戻ってみれば、また大勢の人に囲まれてしまい、瞬く間に夕食会という名のごますり大会が始まってしまった。それらを適当にあしらい、やっと用意された客間に退散できたが、まだまだ続くこれからの日程を考えると憂鬱な気分が体中に重くのしかかる。頭痛がするのは長々と飲まされた酒のせいだけではきっとない。
 無理して仕事を片付けたりするんじゃなかった、と早くも後悔し始めた。

「もう、たらふく食べさせられて眠いんだ。説教はまとめて明日聞くから。おやすみー」

 うつぶせのまま、手で払いのけるように侍従頭の退室を命じる。長い長い溜息が聞こえ、やがて扉を開けて侍従頭が出て行く気配がした。
 着替えるのも億劫で寝台から出れそうにもない。
 別にいいや。このまま襲いくる眠気に身を任せてしまおう。どうせ、誰かが後でまた自分の様子を見に来て、布を掛けるなりなんなりするに決まっているのだ。とにかく、もう疲れた。

 目を閉じて眠りにつこうと思った時、誰も居ないはずの部屋に人の気配を感じた。
 侍従頭はさっき出て行ったのに、と寝がえりを打つと、若い女が寝台のすぐ側に佇んでいた。

「うわっ」

「陛下、何も掛けないでお休みになられては風邪を引きますよ?」

 驚きのあまり飛び上がって後ずさる自分に構わず、相手は愛想の良い笑みを浮かべて、許してもいないのに寝台に腰かけてくる。そこでようやく、相手が先ほどのごますり大会でここの息子と紹介された人物だと思い出した。
 扉を開ける音が聞こえなかったが、どうやら侍従頭と入れ違いにこの部屋に入って来たようだ。

「……なんか用?」

「お夜食でもいかがかと思いまして」

「いらない。腹一杯」

「喉は乾きませんか? 何かお持ちしましょうか」

「勝手に部屋に入ってきて、いきなりべらべらとなんなの? 仮にも、この国の王に対して失礼な態度だとは思わないわけ?」

「失礼な行為とは十分承知しておりますが。どうしても陛下とお話をしたくて……」

「話なら、さっき食事の時に散々……」

 しつこく食い下がる相手の態度と、途中まで口にした言葉で、ああ、そう言うことだったのか、とやっと理解した。最初からこれが目的の視察の誘致だったのだと。

 夕食の時にも、この女は自分の隣からずっと離れず、暑苦しい視線を向けてきていた。ひとくち酒を飲むたびに、なみなみと溢れんばかりに酒を注いできた。
 ……最初から皆でつるんでたってことか。
 きっと、侍従頭も衛士長も事情を知っているに違いない。いつまでも結婚を拒む自分に、無理やりにでも既成事実でも作ってしまえと、ここの貴族とこんな馬鹿馬鹿しいことを企んだのだろう。道理で遠出に良い顔をしない侍従頭が反対しなかったわけだ。

「悪いけど。疲れてるから、とっとと出て行ってくんない?」

「嫌です。わたくしも、そうやすやすと諦めるわけには参りませんの」

「じゃあ、どうすんの。男の俺を力ずくで襲ったりでもすんの? いきなり服とか脱ぎ出したりしても無駄だよ。そういう迫られ方はもう慣れっこだから。あんたが出て行かないなら、俺が……」

「そう仰る割には、陛下は寵愛者様のお体にはたいそう興味津々なご様子だそうですけれど」

 その言葉で、寝台から出ようとした動きを思わず止めた。
 反論できずに絶句するも、相手は笑顔を絶やすことなく平然と寝台に腰を下ろしたままでいる。

「皆が噂しています。陛下がご結婚に乗り気ではないのは、寵愛者様がお側におられるからだと」

「……それがなに。なんか文句あんの?」

「やはり、お噂は本当ですの? ご自分のお気持ちに正直であられるのは結構なことですけれど。でも、これだけは申し上げておきます。レハト様は陛下が思ってらっしゃるような御方ではありませんわ」

「なにそれ」

「あんな大人しいなりをしていて、よくもまあ……。わたくしも耳にした時は驚いたものですけれど……」

 こんな愚劣な戯言に耳を貸すことなんかない。貴族という奴らは揃いも揃って、こうやって誹謗中傷という得意技をひけらかしてくるものだと、今まで嫌と言うほど経験してきている。
 だが頭で理解はしていても、怒りがこみ上げてくるのを止められなかった。
 何を知ってるって言うんだ。あんたにあいつの何がわかるって言うんだ。レハトのことなら、お前なんかよりよっぽどよくわかっているつもりだ。

「あんたのくだらないお喋りに付き合う気は無いんだけど。さっき、疲れてるって言ったの聞こえなかった?」

「陛下。わたくしは陛下のためを思って申し上げているのです。早く、お目をお覚ましになって。レハト様は陛下に相応しくは……」

「うるさいな!! いいから早く出て行けよ!!」

 動こうとしない相手の腕を掴み取り、扉を開けて部屋から無理やり追い出す。
 外で待機していた護衛らが驚く顔を見せる。睨みを利かせると、揃って気まずそうに顔を背けた。

「また変な奴を部屋に入れたら承知しないからね。わかった?」

 盛大な音を立てて、扉を乱暴に閉める。
 どいつもこいつも。なんでそんなに焦って結婚させようとするんだよ。こんな大掛かりなことまで仕組んで、馬鹿じゃないの? 
 今のようにほいほいと気持ちの悪い奴を部屋に入れてしまうくらいなのだから、部屋の外の護衛なんて居ないのも同然だ。こんなことを企んでいたから視察にレハトを同行させないつもりでいたのか、と憎たらしい侍従頭の顔を思い浮かべ、ますます頭に血が上るのを感じた。
 あの人の考えることだから今回だけでは済まないのかもしれない。城に帰ってからも、また同じようなことが続くのかもしれない。
 夜くらいゆっくりと体を休めるのも許されないほど、王が独り身でいるということは罪深いことなんだろうか。俺が体調崩したらどうすんだよ。なんで好きでもない人と結婚なんか……。

 そこまで考え、唯一の逃げ道を急に思いつく。
 ……もういっそのこと、本当に結婚してしまおうか。
 こんなことが繰り返されるよりは、よっぽどましじゃないか。

 その時、急に扉を叩くが響いて我に返る。
 またさっきの奴だろうか。それとも侍従頭か。諦めが悪いったらない。意地でも扉を開けるもんか。
 そう息巻いていたのだが、

「陛下、夜分に申し訳ございません。起きてらっしゃいますか」

 聞き慣れているはずのレハトの声が、この時ばかりは、やけに優しく耳に届いた。

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