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盾となり、矛となり<6>

2013.06.01 (Sat)
女レハト衛士、男ヴァイル王様のその後の話です。
少し胸糞注意?です。


盾となり、矛となり<6>


 レハトの声を聞いて、今、自分が思いついたことの重大さに気付き赤面する。
 お、落ち着け。落ち着けってば。
 ちょっと思いついただけなんだから。何も今すぐってわけじゃないんだから。

「お、起きてるよ。なに?」

「……少し、お話が」

「いいよ、入って」

「失礼致します」

 遠慮がちに、レハトが部屋に入ってくる。
 動揺しているのを悟られないよう、何気ない振りをして寝台に腰かけながら口を開いた。

「どしたの? なんかあった?」

「……説得をしろ、と。命令されまして」

「何を? 誰に?」

「陛下はもう少し、周りに目を向けて女性と付き合うことを学ぶべきだと。そう短気を起こさず、もう少しじっくりと先ほどの方と話をしてみるようにと……説得するよう命じられました」

 彼女の突然の訪問に浮かれていた気持ちが、吹き飛ぶように胸の中から跡形もなく消え去って行く。

 ……なんだよ、それ。
 いくら命令だからって、自分が何言ってるかわかってんの? 
 なに、くそ真面目にほいほいと言うこと聞いちゃってんだよ。好きでもない女の夜這いを受け入れろって、そんな胸糞が悪くなるような言葉、あんたにだけは言われたくなかった。
 レハトの口から、聞きたくなんかなかった。

 言い返したいことが山ほど頭に思い浮かぶ。だが、一度口にしてしまうととんでもないことまで口走ってしまいそうで、唇を噛んでかろうじて思い留まった。怒りから思わず頭を掻き毟る。

 誰が、という問いにはレハトは答えなかった。しかし、こんなことを思いつくのはあの侍従頭に決まっている。頭に血が上っている今の状態でも、レハトならば部屋に入れてもらえるだろうとでも考えたのだろう。そして自分は、その策略にまんまと引っ掛かってしまったというわけだ。
 ほんと、俺の弱点をよくわかってる。さすが侍従頭を長年務めてるだけあるよ。

 ……そう、レハトは何も悪くない。
 寵愛者と言えども、今の彼女は俺の護衛の一人に過ぎない。彼女の立場で、上の命令に逆らうことなんてできないのはわかっている。
 でも、それでも。
 こんなことを表情も変えずに面と向かって口にする彼女の態度に、悲しさよりも苛立ちが募った。俺が他の女とどうにかなることなんてちっとも興味はない、自分には全く関係ないことだ、と言わんばかりのその態度に。

「……ねえ」

「はい」

「結婚するつもりないって気持ち、まだ変わんない?」

「もちろんです」

「……相手が、俺でも?」

「……」

 レハトの目が大きく見開かれる。予想もしなかった言葉なのだろう。そりゃそうだ。自分だって、こんなことさっきまで思いつきもしなかったのだから。彼女に惹かれていると自覚したのだって、つい先日のことなのだ。
 でも遅かれ早かれ、いつかきっと自分は彼女に同じ質問をしていただろう。結婚を迫られていることとは関係なしに。

 長く続く沈黙が、自分の耳に痛いほど突き刺さる。
 俯いているレハトから返答に困っているのが明白に伝わってきて、胸を抉られるようだった。

 ……そんなに嫌なの? 急に変なこと言って悪かったとは思うけど。そんな、今まで見せたことないような顔をするくらいに?
 だって、俺には他の人とは違う態度を見せてくれたじゃないか。滅多に笑わないあんたが、俺にだけは微笑んでくれたじゃないか。ずっと側に居てくれるって、確かにあんたは言ってくれた。あれは何だったんだよ。
 体を張って、顔に傷までつけて自分を護ってくれたのは、忠誠心だけからくるものだったと? ただひたすらに、忠義を尽くすという意思の表れだったと? 
 誰も気付かなかった発熱に気付いたのも? 弓を熱心に教えてくれたのも?

 沈黙が続けば続くほどたまらなくなって、彼女の腕を引いて力任せに寝台に押し倒した。
 彼女ならば抗うことも容易くできたはずなのに、レハトは驚いた顔をしたまま、大人しく俺の顔を見上げている。

「……拒まないの」

「……」

「……あんたが悪いんだよ。一人でも全然平気だって思ってたのに。結婚なんかしなくたって、家族なんか居なくたって、一人きりでも生きていけるって、ずっとそう思ってきたのに。あんたが、あんな思わせぶりな態度を取るから。期待なんかさせるから」

「……」

「そうやって、あんたが傷を作って俺を護ろうとする度に怖くてたまらなくなる。いつか取り返しのつかないことになったらどうしようって。想像しただけでおかしくなりそうになる」

「……陛下。こんなものは傷のうちになど入りません。衛士ともなれば……」

「敬語なんかやめろよ!! 前みたく名前で呼んでよ!! ……なんで、なんで女なんか選んだんだよ。その傷がどれだけ俺を苦しめてるか、そんなことあんたは考えたこともないんだろ」

 彼女の両手を拘束し、ゆっくりと顔を近づけてレハトの頬の傷に口を付けた。
 レハトは相変わらず嫌がる様子すら見せずに、人形のようにただじっと動かずにいる。
 ……まただ。
 こんな時ですら、彼女が何を考えているのかわからない。喚きもしなければ、動揺も拒絶もしない。
 無反応のレハトにむしゃくしゃした気持ちが収まらず、彼女の首筋に顔を埋めた。そこでようやく、彼女の囁くような声が耳に届く。

「……陛下」

「なに」

「申し上げておかなければならないことがございます」

「だから、何さ」

「……私は、既に他の者の手が付いております。もちろん病気などは持っておりませんが、万が一ということもあります。ですので、陛下のお相手をするわけには参りません」

 顔を上げ、絶句して彼女の顔を見つめた。
 いきなり顔面に水をぶっかけられたような、彼女の口から飛び出てきたのは、そんな目の覚めるような言葉だった。

「……」

「申し訳ございません」

 言葉とは裏腹に、彼女の表情は少しも負い目を感じているようには見えなかった。

「……そう。そんなことに興味ないって顔しながら、あんたも裏ではやることやってたんだ」

「……」

「相手は誰なのかって、野暮なことを聞くつもりもないけど。結婚はしないのに、恋人は作るって? そんなの、よく相手が納得したもんだね」

「恋人ではありません」

「なにそれ。好きでもないのに寝たってわけ?」

「……」

 まただんまりだ。都合が悪いとすぐに口を閉ざす。昔から、そんなところは変わってない。
 何もかもが馬鹿馬鹿しくなり、溜息を吐いて体を起こした。
 傍らに用意してある酒に目が行き、杯を手に取る。すると、レハトがそれを取りあげようと、すかさず腕を伸ばしてきた。

「……もう、今日は控えたほうが」

「ほっといてよ。飲み足りなくて、頭痛がするんだ」

「狩りは体力を使うのですから、明日まで酒が残っては……」

「……なんで、あんたがそれ知ってるの」

 振り向くと、レハトが口に手を当てながら慌てて視線を逸らした。彼女がこんな様子を見せるなんて珍しい。動じていないように見えて、実はレハトも突然の狼藉に相当動揺していたようだ。

 この視察に出発する前。せっかくの遠出だというのに、あちこち決められた場所をただ連れ回されるだけではつまらない。そんな自分の愚痴を聞いた衛士長が、

「では狩り場にご案内しましょうか、良い場所を知っておりますよ」

と、話を持ち掛けてきた。
 皆に知られたら反対されるのは目に見えていたので、早朝にこっそりと二人だけで、という計画を密かに立てていた。
 大騒ぎにならないよう短い時間ではございますが。特に侍従頭殿にはね、見つからないよう十分気をつけましょう。何も危ないことはございませんよ、私が責任持って陛下をお護り致しますから。陛下が狩りに興味を持たれて、本当に嬉しく思います。楽しみですね。
 そう言って、心底喜んだ顔をしていた衛士長の顔が浮かんだ。

「……そっか、衛士長なんだ。なるほどね」

「……」

「そうやって、めでたく側付き護衛に推挙されるくらいにまで、のし上がってきたってわけだ。女って怖いね。出世のために、そこまで体張っちゃうんだ」

「……陛下の護衛まで望んだわけではありません」

「でも結局は、あんたも言いなりになって体許しちゃったわけでしょ?」

「……」

「あの堅物って言われてる衛士長の推薦だなんて、珍しいこともあるもんだと思ってたんだよね。いくら寵愛者で実力はあるって言っても、成人して間もないのにさ。……ああ、もしかして。侍従頭もそうなの? 管轄違いでも平気で口出すもんね、あの人。レハトが護衛になるのにすんなり許可が下りたのも相当有り得ないことだったって、あの時点で気付くべきだったな」

 あの二人が、いつも必要以上に罵り合う理由がやっとわかった。
 仲が悪いとは知っていたが、そういえば、と思い起こせば、以前はこれほどまで酷い状態ではなかったような気もする。彼女の存在が、二人の険悪な間柄に拍車をかけていたというわけだ。
 レハトが弓の扱いに長けている理由。
 医務室の一件以来、自分からレハトが遠ざけられていた理由。
 何もかもが、やっと自分の中で合点がいった。

「……体一つで、居心地の良い場所を得られるなら安いものです」

 ふと、彼女が伏し目がちに呟いた。

「すごいこと言うんだね。恥って言葉知らないの?」

「私のような中途半端な厄介者が城で確固たる立場を得るには、持っているものを全て投げ打つ覚悟でいなければ、とても手にすることなんかできないんです」

「……」

「成人前に城で過ごしたあの数か月は、まだ子供だった私にそう思わせるのには十分な期間でした。突然訪れた転機に、ふわふわとして実感も持てなくて。どこへ向かえばいいのか、どう生きていけばいいのかもわからない私に、あの城の人たちは惑わせるような言葉ばかりをぶつけてきました。『自分についてくれば大丈夫』『皆に顔が利くから悪いようにはしない』『あの人は信用してはいけない』『決して耳を貸したりなんかしてはいけない』とか。もう何を信じて、何を疑うべきなのか、判断できないほどに」

「……」

「そんな日々を送り続けて、利用される前に利用してやれ、という考えに至るのは、そんなにおかしいことでしょうか」

「……そんなの、自分に都合の良いような言い訳にしか聞こえない」

「そうですね。理解していただこうとは思っておりません。……陛下と私では、最初からお立場が違いすぎますから」

 珍しく饒舌なレハトが、急に自分の知らない人のように見えた。
 彼女の言葉どおり、理解なんかできるはずがなかった。納得できない。そんなの間違ってる。
 声を大にしてそう叫びたかったが、レハトの強い眼差しに、自分の考えのほうがおかしいのではという錯覚にさえ陥る。
 どうすることもできずに、持っていた杯を力いっぱい壁に向かって叩きつけた。砕け散る音に、レハトが一瞬だけ身を震わせる。

「ごめん、出てって」

一言だけ、そう口にするのが今の自分にはやっとだった。

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