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盾となり、矛となり<7>

2013.06.03 (Mon)
女レハト衛士、男ヴァイル王様のその後の話です。 完結しました。
かなりの胸糞です。流血や痛い表現が苦手な方はご注意を。


盾となり、矛となり<7>


 翌日。必死に自分を引きとめる領主の手を振り払い、口を開こうとする侍従頭たちを睨みで黙らせ、帰城の支度を皆に命じた。計画していた衛士長との狩りも取り止めだ。あんな話を聞いた後で、呑気に狩りを楽しむ気になどなれるはずもない。
 いきなり冷たい態度を取りだした自分に、衛士長も戸惑いを隠せない様子だった。今は彼らの顔を見るだけでも反吐が出そうだった。
 
 鹿車に乗り込み、すぐに城に戻るように命令を出す。自分たちが妙な企みを仕掛けていたことに罪悪感があったのか、車が走り出すと侍従頭も衛士長も大人しく鹿車の揺れに身を任せていた。
 一夜明けた後でもこんなにも腹立たしさが収まらないのは、昨夜の貴族女性の侵入のせいだけではもちろんなかった。

 ……レハトを自分の護衛から外すべきかもしれない。この二人にも、なんらかの処罰を与えることも考えておかないと。こんなことがまかり通るようでは、城での秩序に関わる。
 レハトの承諾さえ得られれば王配に、なんて気持ちは疾うに自分の中から消え去ってしまっていた。勝手に自分だけで盛り上がって、勝手に彼女に失望した。ただ、それだけのことだ。
 また以前のような日常が戻ってくるだけの話なんだ。

「……一刻も早く、城にお戻りになりたいのではなかったのですか?」

「そうだよ」

「しかし、こんなにあちらこちらと寄り道をされていては、いつ到着することになるかわかりませんよ。見慣れない物に目移りしてしまうのもわかりますが、そうやたらと目につくものを買い食いされては……」

「だって美味しそうなんだもん」

 衛士の一人に諌められたように、先ほどから何かを見つける度にすぐに鹿車を止めさせていた。いつもより口数が少ない侍従頭を横目に、これ幸いとばかりに、露店に並べられている珍しい食べ物を口一杯に頬張り続けた。
 わかってる。自分はこうやって、車を急がせろと言いながらもだらだらと寄り道を続け、城に着くまでの時間を伸ばし伸ばしにしているのだ。
 彼女を遠ざける決断をしなければとわかっているのに、未練たらたらで考えることから逃げている。

「ちょっと止めて」

「陛下、またですか?」

「少し弓の練習してく。なんか広くてよさそうな場所だし」

 以前、獣に襲われた時の場所のような広々とした平原が窓から見えた。
 もう既に狩りに行く気など失せていたのだが、いつまでも鬱々とし続ける自分にうんざりしていた。少しでも体を動かして、頭をからっぽにしたい。いつまでもちらつく、昨夜のレハトの姿や言葉を頭から追い出してしまいたい。

「陛下。いい加減になされませ。我儘も大概に……」

「うるさいな。今日ぐらい俺の我儘に付き合ってよ。城に着いたら覚悟してよね。怒鳴りたいことが山ほどあるんだから」

 痛いところを突かれたのか、少しだけですからね、と侍従頭が渋々ながら承諾する。
 仕舞ってあった弓を手に取ると、レハトが昨夜のことなど何もなかったように、普段通りの振る舞いで自分に近寄ってきた。

「一応、弓の確認を」

「……いい。だいじょぶ。最近使ってないし。そうそう簡単に壊れたりなんかしないよ」

 彼女の顔を見るのが苦痛で、顔を背けながら申し出をつっけんどんに断った。
 だが、相変わらずくそ真面目なレハトは、その言葉に怯むことなく弓に腕を伸ばしてくる。

「しばらく使っていないからこそ、確認が必要です。万が一のことがあっては……」

「うるさい!! 触るな!!」

 その突然の大声に、遠巻きに自分らを見ていた皆の体が一瞬凍りつく。
 弓を奪われまいと咄嗟に思い切り振りかざした腕が、車に繋がれていた兎鹿に勢いよく当たってしまった。
 途端に響き渡る、嘶きのような鳴き声。
 間近で大きな声で喚かれたのと、理不尽な攻撃を受けたことで、興奮した兎鹿が狂ったように暴れ出した。すぐ隣に繋がれていた兎鹿が奇声に驚いて鳴き喚き、そしてまた隣の兎鹿が、そのまた隣の兎鹿が、と連鎖的に騒ぎは伝染し、互いに競うように身体を揺らし始める。
 落ち着け、と慌てて兎鹿を御しようとする声が聞こえたのと同時に、周りを取り囲んでいた影が急に大きく自分を包み込んだ。
 騒々しい兎鹿らの大合唱に混ざって、何か、悲鳴や怒号のようなものが聞こえたような気がした。
 わけがわからないまま、正面からものすごい勢いで突き飛ばされる。一瞬あとに、地面が揺らぐようなとてつもない衝撃音。
 土煙が巻き上がる中、尻持ちをついている自分の目に飛び込んできたのは横倒しになった鹿車の姿だった。

「陛下!!」

「陛下、ご無事ですか!!」

 人々の叫び声と、兎鹿が激しく地面を掻く音が響き渡る。
 青い顔をして皆が駆け寄ってくる。そしてそれが、茫然として立ち上がれないままでいる自分の周りにだけではなく、足元に倒れている人物にも群がっていることにやがて気付いた。

「兎鹿をなんとかしろ!! もう放しちまえ!!」

「おい、手を貸せ!! 早く持ち上げるんだ!! 」

「意識はある!! 足だけだ!! しっかりしろ!!」

 何を? 
 何を、持ち上げるって?
 意識がある? 誰の? 
 足だけって、何が?

 人だかりの隙間から、うつ伏せに倒れているレハトの姿がようやく見えた。
 うっすらと目を開けている彼女の顔が土塗れになっている。
 そして。
 その先にあるはずの足が。
 
 彼女の片足は、重く強固な鹿車に下敷きになっていて、その隙間から赤い液体がじわじわと染み出していた。地面と車の隙間は、とても人の足が挟まっているとは思えないくらい密接している。
 光景が目に飛び込んでくるや否や、自分を支える手を振りほどいて、一目散に彼女のもとへと駆け出した。だが、彼女に触れる前に、屈強な腕でその行く手を阻まれてしまう。

「いやだ、放せ!! レハト……レハト!!」

「陛下、離れてください!! 下手に彼女を動かしてはなりません!!」

「だって、だってレハトが……!!」

「離れて!! 鹿車を持ち上げますから!!」

 いやだ。
 いやだいやだいやだいやだ。
 なんで、なんで……!!

 喚いて暴れる自分を、衛士らが強引に拘束する。ぴくりとも動かない彼女に向かって必死に叫び続けるも、引きずられるようにして他の鹿車の中に押し込められ、扉を閉められてしまった。
 まただ。またあの時のように、獣に襲われた時のように自分は何もできない。
 また、こうして車に閉じ込められて叫ぶことしかできない。
 何が王だ。何が寵愛者だ。
 徴があるというだけで、その辺の成人したての者となんら変わらない。
 結局はただの役立たずも同然じゃないか。

 出せ、開けろ、と渾身の力を込めて車の扉を叩きつける。
 お願いだから、頼むから、と終いには懇願に変わるも、扉が開くことはなかった。


  ◇  ◇  ◇


「き、切るって……」

「足首から下の骨が、粉々に砕けております。あれではもう使い物になりません」

 目の前の医士が、椅子に座ったまま静かに口を開く。
 覚悟はしていたつもりだったが、最悪の事態を突きつけられ、顔から血の気が引いて行くのを感じた。

 ひとまず先に、彼女を乗せた車を城へと急いで戻らせた。出血がひどく一刻を争う、と視察に同行していた医士の判断だ。
 遅れて城に辿り着いた自分は、わき目もふらずに医務室へ足を向け、診察に当たった医士に掴みかかる勢いで説明を求めた。だが、医士の口から淡々と述べられる事実は、ことごとく自分を打ちのめすようなものばかりだった。

「切らずになんとかならないの? だって、そんな……」

「無理です。このままでは、傷口が腐って命にかかわります」

「だからって……。そんな簡単に、切る、だなんて……」

「陛下、ただの骨折とは訳が違うのですよ。これしか方法がないのです。簡単に下した判断などでは決してございません」

「……じゃあ、切ればとりあえず命は助かるの」

「わかりません」

「わからないって……なんだよ、それ!!」

 ここで怒りをぶつけたところで意味はないとわかってはいても、彼らに向かって声を荒げてしまうのを抑えることができなかった。
 周りに待機している医士らが、自分の大声に心苦しそうに目を伏せる。

「本人の体力と運次第でしょう。ここまで運ぶのに、かなり血も失ってしまいました。他人の血を混ぜ合わせるなんてことが、まさかできるわけもありませんし」

 ……もし、そんなことが可能なのだとしたら。自分の体中の血液を差し出しても構わないくらいなのに。
 そんな馬鹿な考えが思いつくほど、今の自分は冷静ではないことも自覚していた。

「……レハトは。なんて言ってるの」

「切って欲しい、と。即答されました」

「……」

「とりあえず止血はしました。ですが、一刻の猶予もない状況には変わりはありません。陛下が納得されないのもわかりますが、こちらとしてはすぐにでも処置をさせていただきたい」

「……わかった。我儘言ってごめん」

 側に控えていた侍従頭が、項垂れている自分を立ち上がらせようと背中に手を当ててくる。

「陛下。もう部屋に戻りましょう」

「いやだ。ここにいる」

「陛下……」

「……俺のせいなんだ。俺のせいでレハトが……」

「あれは事故でございます。決して、陛下のせいなどでは……」

「何もできないのはわかってるけど、せめて側に居る」

「処置中は中に入れませんよ」

 その場を去ろうとしていた医士の一人が、すかさず口を挟んでくる。他の医士たちは自分たちに見向きもせず、いろいろな器具や布やらを処置室へせっせと運んでいた。中には、本当にそれを人の体の治療に使うのか、と身が竦んでしまうような大きな凶器を手にしている者すらいる。

「……隣の部屋で大人しくしてるから。終わったら教えて」

「承知致しました」

 そこからしばらくぼんやりとしていて、何をしていたのか、何を考えていたのかあまり記憶がない。
 侍従頭が何度か話しかけてきたような気がする。
 でも、その声は頭の中までは届かず、生返事を繰り返していた。
 
 ようやく我に返ったのは、隣室が慌ただしくなり、その激しい物音が聞こえてきた時だ。

「……!! ……っ!!」

「強く押さえて!!」

「明かりが足りない!! もっと寄せて!!」

「レハト様、もうしばしのご辛抱です。布を吐き出してはなりません、舌を噛みますよ」

「……っ!!」

 レハトの声にならない悲鳴や、医士たちの怒号、冷淡な声が交互に聞こえてくる。
 思わず耳を塞ぎたくなった。
 だが、それだけは許されないと思った。
 自分があんな我儘を言い出さなければ。レハトが伸ばしてきた手を乱暴に振り払ったりしなければ。
 考えても無駄な後悔ばかりが頭の中を埋め尽くす。

「……よくぞ耐えられました。後は傷口を焼くだけでございます。レハト様、覚悟はよろしいか」

「……」

「ご立派でございます。大丈夫、アネキウスが貴女を見守ってらっしゃいますよ。何も心配はございません。……体を押さえて」

「…………っ!!!」

 嗅いだことのない嫌な匂いが、ここまで届いてくる。
 聞こえてくる会話と物音、そしてその匂いで、中で何が起こっているのかが容易に想像がつき、意図せず体が震えてしまった。
 びくついている場合なんかじゃない。レハトはもっとつらい思いをしてるんだ。
 固く握りしめる拳に血が滲むのも構わず、自分はただひたすらに、彼女の無事を祈りながら治療を終えるのを待ち続けた。


  ◇  ◇  ◇


 処置が終わり、少しだけならば、とレハトとの面会の許可がやっと下りた。
 正直、彼女に合わせる顔がなかった。だが、この期に及んで、逃げ出すなんて卑怯な真似だけはしたくなかった。

 医士に促され部屋の扉を開けると、大人しく寝台に横になっているレハトの姿が目に飛びこむ。熱に浮かされているせいか、いつもの彼女よりもうつろな顔をしていた。あまり興奮させないように、本当に少しだけですからね、と念を押して医士が部屋を出て行く。
 逃げるわけにはいかない、とつい先ほど決心したにもかかわらず、薄い布がかけられている彼女の足の先を見る勇気までは持てなかった。

「……陛下」

「……具合はどう?」

「少し……熱のせいで、体が重いです」

 そんなことじゃなくて足は痛くないのか、と思わず口に出しそうになった。だが、痛くないわけがないだろう、と自分の考えの浅はかさに気付き、慌てて言葉を飲み込む。
 まずは彼女に謝罪の言葉を述べるべきじゃないか。こんな簡単なことも思いつかないなんて、と未だに自分が冷静ではないことを思い知った。

「レハト……。あの……俺……」

「なりません」

 途中まで口にした言葉を、レハトが鋭く遮ってくる。こちらの表情から謝罪を口にしようとしたのが予想できたのだろう。
 戸惑う自分に構わず、彼女が熱のせいで荒い息を押し殺しながら言葉を続けてくる。

「……陛下は、皆が言うように本当にお優しい方です。成人前に、私のような者にも屈託なく声をかけてくださるぐらいに」

「……突然、なに言い出すの」

「ですがそれが長所でもあり欠点でもあります。このように、一人の衛士ごときにいちいち心を砕かれていては、身が持ちませんよ」

「……」

「謝罪など口に出してはなりません。もっと上手く避けられなかったのか、王を護る衛士として情けない失態だと、この場合はむしろ叱咤すべきです。王たる者が、そう簡単に頭を下げてはなりません」

「そんな、叱咤しろって……だって……」

「……ひどい顔色をされています。陛下の動揺は皆に伝染するということを、もう少し自覚なさってください。いつも毅然として、誇り高く。臣下の者など、例え命を落とすようなことがあっても、動じることなく、突き放すくらいの勢いで。陛下には、それくらいが、丁度、良い……」

 とろとろと、まどろむようにレハトが眠りに落ちていく。
 先ほどまできつい言葉を口にしていたとは思えないほど、あどけなく見せるその寝顔が成人前のレハトの顔と重なった。

 ただの衛士だからこんな心配なんじゃなくて、それは相手があんただから、とまだ寝息が少し荒い彼女に思わず口答えしたくなる。代わりにそっと手を伸ばし、彼女の額に触れてみた。
 医士は、この熱が下がりさえすれば、後はもう問題ないだろうと言っていた。今後も義足を付けて鍛錬に励めば、日常生活を送るくらいには回復する可能性だってある。衛士を続けることができるかどうかまではわからないが、と。
 尋常ではない彼女の体温を手のひらに感じ、指の隙間から見え隠れする徴を見つめながら、心の中で呟いた。

 レハトや周りがなんと言おうとも、俺はあんたを護衛から外す気はないからね。
 とっとと回復して早く復帰してよ。
 寵愛者でしょ? 普通の人と同じになんて考えないよ、俺は。
 いつまでも、ずっと自分は待ち続けるから。あんたに背を預けるその日を、待ち続けるから。

 でも。
 仕事に私情を挟むのはそれで最後。
 レハトが望むなら。レハトがそう言うなら。自分はどこまでも厳しく強い王になってやる。それこそ皆が恐れ慄くくらいに。
 結婚も一生しない。そんな自分の弱点になるような物をわざわざ作るような真似、絶対にしない。
 どこにも隙が見当たらないくらいの王になってみせるから。
 あんたが後ろで見ている限り。

 目から勝手に涙がこぼれてくるのを、しばらく黙ってそのままにしていた。
 落ちた雫が、レハトを覆う布に染みを作っていく。
 想いを断ち切るように、額を撫でていた手を離して拳を強く握り締めた。腕で涙を乱暴に拭い取る。

 人前で泣くのもこれで最後。
 あんたに触れるのも、これで最後。

 椅子から立ち上がり、一度も振り返らずに扉に足を向けた。
 握った手のひらに、まだ彼女の熱い温もりが残っているのを感じながら、俺は部屋を後にした。

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