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主従 <2>

2013.02.25 (Mon)
女レハト王様、グレオニー側付き護衛、テエロの その後のお話です。
レハトさん、喋りまくります。

主従 <2>


 優雅な音楽が流れ始め、人々がゆったりと揺れるように踊り始める。贅沢な明かりは装飾品の輝きを散乱し、人の動きに合わせて壁に反射された光も揺れていた。歓談する声があちこちから聞こえてくる。時折大きな笑い声が場を包んだ。
 そんな舞踏会の様子を私は壇上から眺めていた。
 警護の強化は未だに続いており、衛士の姿もちらほらと見受けられる。壇上の私の側にも護衛が数人ついていた。グレオニーももちろん背後に控えている。つまり、まだテエロの言うところの中心人物は捕えられていないということを意味していた。あれだけ大口を叩いておきながら何をぐずぐずしているのか、と思わず頭の中でぼやいてしまう。

 ヴァイルの聴取は行わないという私の意見に、もちろん反発の声もあった。その声を抑えるために自分がどれだけ骨を折ったか、そんなものはきっとテエロにとっては瑣末なことなのだろう。しかし早く首謀者を捕えないと、いつまでその声を抑えていられるか自信がなかった。
 
 気がつくと、踊っている者たちの間をすり抜けながら男が一人こちらに近づいてくる。城でも発言力のある貴族のうちの一人だ。
 私は壇上から降りて男の挨拶を受けた。

「陛下。しばらくの間、拝顔することも叶わず大変失礼をしておりました」

 少し前に、この男の息子が籠りを乗り越えることができずに、不幸にも亡くなってしまったという話を耳にしていた。そのため最近は城に顔を出していなかったのだ。

「だいぶ憔悴されていたと伺っています。お辛いでしょうが、どうかご自愛なさって」

「お気遣い有り難く存じます。これも運命だったとようやく思えるようになりまして。こうして久しぶりに登城した次第でございます」

「あまり無理はなさらないでね。どうぞごゆっくりお過ごしになってください」

「このような華やかな場はしばらくぶりですので……。少々気後れしていたところですよ」

「まあ、そんなご謙遜を」

「陛下、よろしければ一曲お相手していただけませんか。陛下がお相手なら、私も早くこの場に馴染めそうなのですが」

「お上手ですね。私などでよろしければ」

 差し出された手に自分の手を乗せる。
 グレオニーが少し心配そうな顔でこちらを見ているのに気が付いた。

「大丈夫よ。一曲だけ」

 そう告げて、私たちは踊りの輪の中へ入って行った。
 優雅に体を揺らしながら、笑顔を絶やさず。顔を下げない、足ばかり気にしない。
 呪文のように頭の中で繰り返しながら踊りに集中する。さすがにこれだけ舞踏会も回を重ねれば、私もだいぶ余裕をもって踊れるようになっていた。
 グレオニーも何もあんな顔をしなくたって……。私が踊りが苦手だと知っているのだ。しかしあれでは周りに踊れないことを言いふらしているようなものではないか。そんなことを考え思わず苦笑してしまう。

「陛下はあまり踊ってくださらないので、やっと願いが叶いましたよ」

「私が踊ると皆が気を遣ってしまうの」

 そう誤魔化して言い訳をしてみる。本当は恥を晒したくないだけなのだが。
 しかし嘘は言っていない。現に今も、周りの踊っている者達とは少し距離があいていた。王と接触して万が一何かあったら、と考えれば無理もない。自分にとっては好都合だ。

「巡幸も無事に終えられて大変よろしゅうございました」

「うちの護衛は皆、優秀ですから」

「そうですね。おかげでまったく狙う隙がありませんでした。絶好の機会だと思っていたのですが」

 男が笑顔を絶やさずそう言い放つ。
 音楽が急激に耳から遠ざかっていった。賑やかだったはずの人々の笑い声さえ聞こえてこない。
 しかし、この目の前にいる男の声だけはやたらとはっきり耳に届いた。

「やはり城の中では難しいですからね。旅先ならばと思っていたのですが、まさか事前に悟られるとは。本当に貴女の臣下は優秀でいらっしゃる」

 ……こいつだ。こいつが首謀者なのだ。
 壇上の方に顔を向けそうになったが、

「振り向かないで」

その男の低く鋭い声に体が強張る。

「私の家の者が壇上の彼をずっと狙っています。おかしな動きを見せたら、あの衛士の頭と胴体が離れるところをすぐにでもお見せ致しますよ。……自然に見えるよう踊り続けてください」

 恐ろしい言葉とは裏腹に男の動きは優雅だった。どうすることもできずに私もその動きに合わせる。
 グレオニーならば壇上からでも私の様子を見張っているはずだ。気付くだろうか。私のわずかな不自然さに気付いてくれるだろうか。
 何か、気付いてもらえるように、何か方法は。
 考えようとしても何も思いつかない。足がもつれてしまいそうになる。
 そのうちに握られていた手の力が心なしか強まり、耳元でそっと囁かれた。

「……いいですか。この後、誰にも怪しまれないように中庭へ来てください。もちろんお一人で」

「……」

「お命までは奪いませんのでご安心を。我が身可愛さに逃げても構いませんよ。彼の命が惜しくなければの話ですが」

 男が突然手を放し、自分に向って礼をしてきた。その行為で曲が終わったのだとようやく気付いて慌てて礼を返す。
 場は拍手の嵐で包まれ、私は男に付き添われて壇上へと足を向けた。皆がゆっくりと私たちのために道をあけ始める。周りに笑顔を振りまきながら、その道を歩き続けた。
 まっすぐ進むのにもかなりの集中を要した。膝が笑いそうになる。男に握られている手がじっとりと汗ばむ。
 自分は今どんな顔をしているだろう。上手く笑えているだろうか。上手く歩けているだろうか。

「ありがとうございました、陛下。夢のようなひとときでした」

「ええ……私も……」

「それでは、また」

 笑みを浮かべながら礼をして、男は壇上から離れていった。
 席についた途端に背後からグレオニーが話しかけてくる。

「陛下、大丈夫ですか? 少し顔色が悪いようですが……」

 本当に彼を狙っているのだろうか。あの男のはったりという可能性はないのだろうか。
 当たり前だが周りに不審な人物は見当たらない。誰かが影に潜んでいたとしても私では察知するのは不可能だ。向こうもすぐ気付かれるような失態を演じたりはしないだろう。
 こちらを伺ってくるグレオニーの顔を見て、なにもかも話してしまいたい衝動に駆られた。
 どうしよう。どうすれば……。

「……陛下?」

 なかなか言葉を発しない私に、グレオニーが訝る。
 駄目だ。これ以上おかしな言動をしない自信がない。とにかく中庭へ向かわないと……。

「……気分が悪くなったの。もう部屋に戻るわ」

「承知しました。では……」

と、他の側付き衛士に声をかけようとしたグレオニーをすぐに制する。

「騒ぎにならないようにそっと出たいの。皆が心配するでしょう? グレオニーだけでいいわ。他の者は引き続きここの警備を」

 衛士たちもグレオニーも私の下手な言い訳を少し不審に感じたようだったが、今にも倒れそうなほど青ざめているであろう私の顔色を見てようやく従う意思を見せ、大人しく配置に就き始めた。
 それを見届けてから、なるべく目立たないようにして私はグレオニーと二人で会場を静かに後にした。


  ◇  ◇  ◇


 人気のない廊下を二人で歩く。足音だけが不気味に辺りに響き渡っていた。
 そんな静寂さとは対照的に、頭の中はまとまらない思考で埋め尽くされ、騒音が鳴り響いているような錯覚に陥る。できるだけ時間を稼ごうという無駄な抵抗を試み、のろのろと歩を進めた。
 私の不可思議な行動に、少し苛立ったグレオニーの声が背後から聞こえてくる。

「陛下、本当に具合が悪いのですか?」

「……そうよ」

「……早く戻りましょう。どうしてそんなにゆっくりなんです?」

「風に当たりたくなったわ。中庭へ向かいます」

「……」

 腑に落ちない、というグレオニーを無視して中庭へと進路を変えた。
 周りは本当に刺客が居るのかと疑ってしまうくらいの静けさだ。しかし油断はできない。会話も全て聞かれていると思った方がいい。
 そんなことを考えていると、急に背中を軽く押された。

「陛下、部屋に戻りましょう。今日は人の出入りも激しいので万が一ということもあります」

 いつになく低い声でそう囁いて、早く歩け、と彼が催促してくる。
 ……もしかしたら彼は何か勘づいたのかもしれない。
 闇に潜む妙な気配に気付いたのか。先ほどからの私の言動がおかしいと感じたのか。
 背中に掌の温かさを感じながら、私は尚もゆっくりと歩き続けた。

 そうしているうちに、何も名案が浮かばないまま中庭に辿り着いてしまう。相変わらず辺りに人の気配はない。もしかしたら誰か人がいるのでは、とわずかな期待を抱いていたのだが、そう簡単には事がうまく運ばないらしい。舞踏会の方に人を取られているのかもしれない。あの貴族の男もそれを見越して、今日という日を選んだのだろう。
 立ち止まり、振り向いて彼の顔を見た。身長差があるのでかなり見上げる形となるのだが。
 そして覚悟を決めて口を開く。

「……グレオニー、部屋から上着を取ってきて。ここで一人で待ってるから」

 私の突然の要望に、彼の目が見開く。

「……ここで……お一人で、ですか?」

「そう」

「……」

 彼は私の顔を見つめたまま、なかなか動こうとしなかった。
 早く。そう目で伝えたが伝わったかどうか。

「……どうしても上着が必要ですか? このままお側に居てはいけませんか」

「駄目」

「……」

「いつもこっそり餌をあげている猫がいるの。貴方がいたら、出てきてくれないの」

「ね、猫?」

「そう。貴方のような殺気を放ちまくる輩が居たら怯えちゃうのよ。早く餌をあげないと死んじゃう」

「……」

 ここでぐずぐずしていたら私よりも彼の方が危ない。私の命までは奪わないと言ったあの男の言葉を信じるとすればだが。

「ほら、早く早く。猫が死んじゃったらグレオニーのせいよ。戻ってくるまでには餌をあげて追い出しておくから」

「ですが……」

「死んじゃったら猫に恨まれるかもよ。あいつのせいで、とか。魔物を引き連れて夜毎寝室に忍びこんでやる、とか」

「……」

 そんな馬鹿馬鹿しい話を信じたのかどうかはわからないが、頑固に意思を曲げない私にグレオニーは根負けしたようだった。

「……わかりました。でも、少しの間だけですからね」

「うん、ありがとう」

「上着を取ってすぐに戻って参りますから。ここから動かないでくださいよ、わかりましたね?」

 返事はせずに私は微笑を浮かべた。心の中で、彼にひたすら詫び続けながら。
 彼は少し名残惜しそうに私の顔を見ていたが、やがて踵を返して走り出した。彼の背中がどんどん小さくなっていく。
 本当にこれでよかったのか。やはり離れるべきではなかったのでは。
 一人になった不安からいろいろな考えが錯綜するが、それを振り払うかのように頭を振り、あの貴族の男が姿を現すのを待った。


  ◇  ◇  ◇


 しばらくして、近くの茂みから声が聞こえてきた。

「私は餌を待つ猫というわけですか?」

 貴族の男が茂みからゆっくりと姿を現す。にやにやと気持ち悪い笑みを私に向けてきた。

「仕方ないじゃない。他にうまい言い訳が思いつかなかったの」

 グレオニーを遠ざけてしまったことを、後で彼に恨まれてしまうだろうか。でも、彼を危ない目に遭わせるわけにはいかない。向こうがどれだけの人数を潜ませているのかわからないのだから。
 やはりこれしか方法はなかったのだ、と自分に言い聞かせ、半ばやけくそ気味に男に問いかけた。
 
「それで、私はこれからどうなるのかしら」

「先ほども言ったとおりにお命までは奪いませんよ。とりあえず、私の屋敷へ来ていただきましょうか」

「……どうやって人目につかないように城を出るつもり?」

「私の息がかかっている衛士が貴女を鹿車までうまくお運びします。もう少しでここへ来ますから、それまで大人しくお待ちいただけますか」

 密偵を潜り込ませていたというわけか。それとも金に物を言わせたのか。
 本当にこの城の中は魑魅魍魎だらけだ。誰を信用していいのかわからなくなる。誰もかれも目に映る者全てを疑いたくなる。
 ふと、テエロの顔が思い浮かんだ。
 彼はいったい何処で何をぐずぐずしているのか。今、こうして自分の目の前に探していた首謀者が正体を現したというのに。彼の手際が悪さが、自分をこんな目に合わせていると言ってもいいのではないか。まさか、テエロも実は私を裏切っていて、この男の味方についているのではないか、という疑念すら浮かんだ。
 もう何も信用できない。とりあえず、時間が許す限りこの男から情報を聞き出さねば。訳もわからずに監禁されるのはまっぴらごめんだ。

「……待っている間に、貴方がそこまでヴァイルを推す理由を聞いてもいいかしら」

 男は、別にたいしたことでは、と前置きしてから質問に答えた。

「貴女が王になってしまったが故に、私は王配を巡る競争から脱落せざるを得なくなった。それだけのことですよ。私の息子達は皆、既に女を選んでしまっていたものですから」

 確かにヴァイルは昔から男を選ぶと公言していた。そしてそれは何の障害もなく、そのまま実現する形となったのだが、まさかそれがこんな事態を招くとは。

「最後の手段と末の息子には無理やり男を選ばせましたがね。篭りに耐えきれずに山へ登ってしまった」
 
「無理やり……?」

「あれは本当は女を望んでいたのですが。迷いを払うことができなかったのでしょう。意思が弱くてまったく情けない。おかげでこんな大掛かりなことを企む羽目となってしまった」

 淡々と話を続ける男が信じられなかった。実の子の意思を無視して道具のように扱い、しかもそれを少しも罪なことだと感じていない。
 あの嘆き悲しんでいた様子も、憔悴していた様子も、全て偽りだったというわけか。
 ここまで心を狂わせてしまうほど、王配の父という地位は、この男にとって魅了してやまないものなのだろうか。

「よくもそんな……酷いことを……」

「貴族ではよくある話です。皆やっていますよ。私だけ非難されるのは心外だ」

「そんな歳の離れた者を私が王配にするとでも? いったい私をいくつだと思っているの?」

「あの衛士がなるよりは現実的でしょう?」

 痛いところをつかれ、思わず黙り込む。だがこの男にそんなことまで言われる筋合いはない。都合の良いように自分を正当化している言い訳だ。わかってはいても怒りで体が震えた。
 駄目だ、落ち着かないと。逆上してしまっては冷静な判断ができなくなる。

「……それにしても遅いですね。もう、そろそろ来てもいい頃……」

 そう言って男が振り向いた瞬間、頭上から何か大きな塊が落ちてきた。
 風が、と思ったと同時に、大きな衝撃音と短いうめき声のようなものが響く。辺りはすぐに静けさを取り戻し、自分の足元に倒れている男とその上に乗っている塊に気付いた。
 やがて塊はむくりと起き上がり、こちらに近づいて来る。

「……まったく。言われたとおりにほいほいと一人になるなんて、馬鹿なんじゃないですか」

 寝室に突然現れた時と同じように、顔を布で覆い、暗い色の布を体に纏っているテエロがそこにいた。
 倒れている男の首には短剣が深々と刺さっている。おそらく、いや間違いなくもう息はないだろう。
 やっと状況を理解し大きく息をつく。

「助かったわ……ありがとう……」

「今は、それでなくても調査に人を費やしているせいで手が足りないんです。もう少し考えて行動してくれませんかね。……でもまあ、彼を離したのはご英断でした。私が出て来れないところだった」

 飛び道具は精密さに欠けるのであまり使いたくない、などと彼は相変わらず一人で勝手に文句を言っている。テエロの言葉を聞いてグレオニーのことを思い出した。突然の出来事に頭が回っていなかった自分を呪いたくなる。

「……彼は!? 早く、ここよりグレオニーの所に……」

「それは私の仕事ではありません」

「……っ!!」

「腹を立てるよりも、少しは彼の腕を信用したらいかがですか。もうとっくに自分に付いてくる不審な者に気付いて、彼自身で片づけてこちらに向かっていますよ」

 体の力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。
 目をつぶって大きく息をついた。無事なのはいいが、怪我などしていないだろうか。右腕が悪化したりしてはいないだろうか。いろいろな思いが溢れてきて涙が滲んでくる。
 その傍らでテエロは黙々と仕事をこなしていた。男の体を肩に担ぎ、地面についた血の跡を足で消し始める。懐から薬瓶を取り出して、血の跡の上に何か液体を振りかけていた。

「血の臭いを消しました。犬に嗅ぎ付けられては厄介ですから。……そろそろ彼が着きますね。では、詳しい調査結果は追々報告致しますので」

「……もう何も聞き出せないじゃない」

「既に調べはついております。他に手を組んでいた奴らは、この男が居ないと何もできない小心の小物ばかりでした。この体を使って警告しておけば大人しくしているでしょう」

 後はお任せください、と彼は姿を消した。何やらいろいろと物騒な言葉を聞いたような気もするが、まだ頭がうまく働かない。
 とにかく今は助かったことに感謝しよう。彼が無事だったことに感謝しよう。
 しばらくしてから、遠くから慌ただしい足音が聞こえてきた。グレオニーに違いない。
 駆け寄ろうとしたのだが、情けないことに腰が抜けて立ち上がれそうもなかった。
 動けないもどかしさと戦いつつ、私は彼の姿が見えるのを地べたに座って大人しく待ち続けた。

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