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花冠<1>

2013.06.17 (Mon)
お父さんEND→反逆者ENDの出来事あれこれ。登場人物いろいろ、というよりほぼ全員。
反乱の話ですのでばんばん人が死にます。初っ端から最後まで鬱な話のオンパレード。ご注意を。

花冠<1>


「元妻への手土産が酒一つとは。もう少し色気のある物は考え付かなかったのか?」

 酒を片手に部屋に入ってきたかつての夫に、苦笑しながら問いかける。顔を伏せがちに頭を掻きつつ、こちらへと近付いてくる彼は、相変わらず周りを和ませる不思議な雰囲気を放っていた。穏やかと言うには程遠い日々を送っていた自分の心が、次第に安らいでいくのを感じる。
 記憶と違わない静かな笑みを見つめているうちに、彼の頬が少しだけこけていることに気付いた。それは歳を重ね、誰にでも起こりうる老化現象によるものだけでは決してないと、今の自分にはよくわかっていた。ここしばらく鏡石を覗いた記憶もないが、恐らく相手も自分を見て同じような印象を受けていることだろう。こんな状況で、安眠を貪り際限なく食欲が沸く強靭な精神の持ち主がいるのならば、是非ともお目にかかってみたいものだ。

「以前、手塩にかけて育てた花を贈った時に、しかめ面を浮かべたのは君じゃないか」

「『歳の数と同じだけの花を君に』などとほざきながら、多い本数を抱えていたおぬしに呆れていただけだ。別に花が嫌いなわけではない」

「ああ……そうだったっけ。それは確かに失礼な振る舞いだった。じゃあ、改めて今ここで謝罪しよう」

 そう言いながらも、彼が少しも悪びれた様子を見せずに椅子に腰かける。持っていた酒を卓に置き、細く長い脚を組んで背もたれに身を預けていた。
 茶器を手にした使用人が卓に近付く。だが彼は手を上げてそれを制し、杯を、と一言だけ告げて、またすぐにいつもの笑みをこちらに向けた。

「本数云々よりも、女性に対して歳を思い出させる行為は慎んだほうが身のためだぞ。皆が皆、我のように平手打ちを思い留まるような寛大な心の持ち主ばかりだとは思わぬことだ」

「平手打ち、我慢してたんだ」

「あの頃は我も若かったからな。今は同じ行為をされたところでどうとも思わぬ。今後は本数なぞ気にせず、抱えきれないくらいの花を贈っておけ。黙ってにこにことしていれば、相手もそう悪い気はせんだろうて」

「花を贈るような相手なんて君ぐらいしか居ないよ。相変わらずだなあ。わかってて、そんな嫌みを口にするんだな」

「これからそんな相手が現れるかもしれぬだろう?」

「これから、ね。どうだろうな」

 使用人が持ってきた杯を静かに卓に置き、そこで会話が途切れた。彼が、それをちらりと気にする仕草を見せる。その何気ない一瞬の動作で、自分は全てを理解した。
 彼がここを訪れた目的を。
 来たるべき時が来たのだいうことを。

「もう下がってよい。誰もここに近づくな」

 そう言い渡すと、使用人が優雅に一礼して部屋を後にする。彼と部屋に二人きりになり、お互いの視線がぶつかった。
 しばらく沈黙が続くが、ようやく彼のほうから溜息とともに話を切り出してくる。

「……何もかも承知済みって顔だね。まあ、そうだろうとは思っていたけれど」

「予想よりも早かったがな。てっきり、顔も知らない輩が寝室にでも忍びこんでくると想像していたのだが。……考えてみれば合理的な人選だ」

 貴族らの反乱を抑えきることができず、新米の王はそれでも必死に解決への糸口を探り続けていた。若いながらも大したものだと、こんな緊迫した状況でも成長した甥を頼もしく思い、微力ながらそれを手助けする日々を送っていた。
 
 そんなある日、差出人のわからない一通の手紙が自分の元へと届く。
 息子の命が惜しければ、今すぐにランテ領へ。紙には、そう短く綴られていた。
 母である自分にも誰にも居場所を告げずに城から姿を消した息子が、まさか敵に捕らわれていたとは思いもよらなかった。便りがないのは元気な証拠、と思い込んでいた自分の短慮さに腹が立ち、そして同時に、やはり自分は親でありながら我が子のことを何も理解していなかったのだ、という事実を思い知らされた。

「……タナッセのことなら心配はいらぬ。信用のおける者に任せてある。まだ報告はないが、救い出すのも時間の問題だろう」

 その自分の言葉で、元夫が少し安堵の表情を見せる。

「きっとそれは、元夫である僕よりも、君のことを理解して大いに役に立つ御仁なんだろうね」

「それは妬みか? それとも」

「わけのわからない奴らに脅されて、実の父親でありながら息子を救い出すこともできなくて。大人しく言いなりになるしかない自分の情けなさに、ほとほと嫌気がさしているだけだよ」

 手紙を受け取って、自分はすぐに数人の護衛のみを連れて城を出た。こんな時に何を、と甥は大層ご立腹の様子だったが、まさか全てを包み隠さずに言えるはずもない。そんなことをすれば、息子の身に危険が及ぶことは想像に難くなかった。
 慌ただしく城を出る前に、ローニカにのみ全てを打ち明けて息子のことを託した。そしてそのまま、じりじりと報告を待ち続けながらこのランテ領に身を置いていたのだが、どうやら時間切れになってしまったようだ。敵は、久方ぶりである元夫婦の再会をこんな最悪の形でお膳立てしてきた。

 軽く溜め息をついて天井を仰ぐ。
 できれば、救い出したという報せを受けてから事を構えたかったのだが。寵愛者の最後の願いと言えども、そうそう簡単にアネキウスに聞き入れてはもらえないらしい。
 都合の良い時だけ祈りを捧げたところで、全て神はお見通しと言うことか。信心深いとは言い難かったからな。
 
「おぬしはどうするつもりだ。このまま向こう側につくのか?」

「まさか。とりあえずしばらくは味方を装うけど、あの子の安全が確認できたらすぐに君の後を追うよ。まあ、その前に用済みと見なされて殺されるかもしれないが」

 天井を見上げていた顔を戻し、再び彼と見つめ合う。
 既に、元夫の顔から笑みは消えていた。

「……馬鹿なことを。こんな時に、あやつを天涯孤独の身にするつもりか。生き恥を晒そうとも、命乞いをしてまで息子のために生き延びようとは思わぬのか」

「知っての通り、僕は卑怯者だからね。尻尾を巻いて逃げるのは昔から得意なんだ」

「……」

「こんな父親、居ても居なくても変わらないさ。母の暗殺に加担した父がこの世に存在するなんて、あの子にとっては同じ空気を吸って息をするのも辛いことだろう。我が子を親殺しにはさせたくないし、僕だって、さすがに実の子に殺されるなんてことだけは避けたい」

 彼が酒を手に取り、ゆっくりと杯に注ぐ。二つ用意された杯のうち、一つにだけ。
 注がれた酒は血のように真っ赤な果実酒だった。
 刃ではなく、毒を選択したのは彼自身なのか。それとも彼の背後にいる顔も知らない奴らなのか。

「君を連れて逃げようとも考えたんだが……」

「子を犠牲にして? 我がそんなことに同意すると思うか?」

「だろうね。だから僕も覚悟を決めたんだよ。夫として君を救うよりも、父親としてあの子の命を優先しようと」

「勝手に夫を気取るな。元、だろうが」

 お互いに苦笑し合い、この場に相応しくない朗らかな声が部屋に響いた。
 笑顔を崩さないまま彼が杯を自分に差し向けてくる。
 迷うことなくそれを受け取り、鼻を近づけた。
 特に違和感はなく、果実酒の甘い香りが漂って来る。味も、同じように刺激の強いものでなければ良いのだが。

「……せめて、僕がこの部屋を出てから口をつけてくれないか」

「……」

「こんな時にまで臆病者なんだ。今だって、その杯を払いのけたいのを必死に耐えてる」

 彼の懇願に、口は開かずただ笑みだけを返した。
 そのまましばらく見つめ合う。視線を外したのは彼が先だった。薄い唇から深い深い溜め息が漏れ、目を合わせないまま彼が立ち上がる。扉に向かおうとしている背中に、言葉を投げかけた。

「お互い、最後まで子に苦悩ばかり与える親であったな」

 振り返ることも、言葉を返すこともせずに、元夫は部屋を出て行った。

 今生の別れだと言うのに、熱い抱擁を交わすわけでもなく。手を握り合うわけでもなく。そんなものを期待していたわけではもちろんなかったが。
 きっとこの屋敷の周りも既に囲まれているのだろう。
 自分の死を見届けるために。彼が裏切らないよう、何か起こればすぐにでも対処できるように。
 
 ……正々堂々と刃を向けてくれば良いものを。こんな小賢しい真似をせずとも、自分は歯向かう気も長生きするつもりも毛頭ないというのに。
 存在が罪だと言うのならば。自分が居なくなることで正しい世の中になると声を大にして主張するのならば、我は喜んで神の国へと旅立とう。
 もとより穏やかな死で幕引きができるなどとは思っていない。この額の徴の意味を理解してから、ずっと覚悟して自分は生きてきた。

 お前にその覚悟はあるのか? もう一人の寵愛者よ。
 その徴ひとつで、この世を変えることができると思うならば、やれるところまでやってみるがいい。思うままに生きてみるがいい。
 だがな。我の甥は手強いぞ。油断せずに心して掛かることだな。

 杯を握る手に力を込め、不幸ばかりを与えてしまった息子に詫びながら、ひと思いにそれを煽った。


  ◇  ◇  ◇


「陛下……どうかお慈悲を。私どもは騙されていたのです!!」

「……」

 大の大人が、こんな風に鼻水垂らして頭を下げまくって、ほんとみっともないったら。
 玉座にふんぞり返り、以前は親戚であったサナン家の者たちを自分は汚い物を見るような目で見下していた。実際、奴らの服装はとても貴族とは思えないもので、汚らしい布にしか見えない物を体に纏っている。ここに辿り着くまで、あちこちでよほど酷い扱いを受けたのだろう。衛士たちは、以前から理不尽な扱いを受けていた貴族らへの恨みを晴らすかの如く、それはそれは清々しい顔でぼろ雑巾のような彼らを床に押しつけていた。
 
 予想外に戦いが長引き、いつにも増して衛士らも気が立っている。
 こんな時に敵地の本拠地に赴いてくるなんて、まるでいたぶってくださいと言わんばかりの自殺行為だと、どうしてこんな簡単なことがこいつらにはわからないのか。

 この反乱が勃発した時、サナン家の者はすぐに尻尾を振って城から抜け出し、相手側へと寝返った。それも、前王の息子を手土産にして。
 結果、息子を盾に取られた伯母は神の国へと旅立ち、年上の従兄は未だ消息が掴めない。
 こんな状況では伯母の葬儀をあげることもできず、なかなか相手を一網打尽にすることができない無力な自分への怒り、そして卑怯な手で伯母を、もしかしたら従兄の命まで奪ったかもしれない敵への恨みがますます募っていく一方だった。

「お願いです!! せめて息子に!! 息子に会わせてください!!」

「ユリリエは会いたくないって言ってんだけど。もう親とも思いたくないんだってさ」

「会えばわかります!! 実の息子なのですから!! ひと目だけでも、どうか、どうか……!!」

「そんな風にあっちにふらふら、こっちにふらふらする奴、誰が信用するっての」

「……そんな……私どもは決して……お願いです、少しでよいので話を……」

「連れてって。今日はもう暗くなるから、処刑は明日ね」

「陛下!!」

 衛士らに引きずられて、サナン家の者たちが玉座の間を去って行く。
 溜息を吐いて肘をついていると、音も無くユリリエが姿を現した。父や母が引きずられて行った方向を見ようともせず、穏やかな笑みを浮かべ、「ごきげんよう、陛下」と優雅に一礼してくる。

「……居たの」

「あんな親や親戚でも、一応、目に焼き付けておこうと思いましたの。決してあんな風にはなるまい、という戒めのためにも」

「懇願、しないの? せめて命だけはとか」

「懇願したら助けてくださいますの?」

「いや」

「でしたらそんな無益なことはいたしませんわ。せいぜいその汚い身を晒して、少しは陛下のお役に立てばよろしいのよ。良い見せしめになることでしょうし」

 ぞっとする笑みを浮かべて、彼女がその風貌に似合わない言葉を口にする。
 だが、こんな非日常を送っているうちに、何がまともで、何がまともでないのかすら、だんだん判断がつかなくなっていた。狂っているのは相手のほうなのか、それとも自分のほうなのか。
 こんなにも冷酷に人を殺す命令をし続ける自分は、果たして正常と言えるのだろうか。正義、とは一体何なのか。怒りで我を失って、必要のない無益な戦いを長引かせているだけなのではないか、と時々自分を見失ってしまいそうな感覚に陥る。
 そんな鬱々とした考えを吹き飛ばすように、ユリリエが急に朗らかな声で問いかけてきた。

「噂はお聞きになりまして?」

「なんの?」

「レハト様の。女性を選ばれたと耳にしましたけれど」

「……ああ、そうらしいね。何を企んでるんだか」

「大層お美しくなられて、そのお姿がこの荒んだリタントに咲いた一輪の花のようだと、皆があちらこちらで囁いておりますわ。でも、直にそのお姿を目にした者なんて果たしてどのくらい居ることやら」

 この戦いで、平和そのものだった国はすっかり荒れ果てた土地ばかりになってしまった。戦いが長引けば長引くほどそれは拡大し、決着がついたあとの復興を考えるだけでも頭が痛くなってくる。まだ城や城下町は以前と変わらない姿を保っていたが、ここもいつ攻め込まれるかわかったものではない。

 そんな、心がささくれ立つ殺伐とした地に、徴を持つ美しい寵愛者が舞い降りる。
 決して消えることの無い、額に輝く神に愛された証。
 そして皆が見とれてしまうようなその風貌。
 盲目的に皆が彼女を崇め奉るのも、弱い心を持った者ならば無理もないことかもしれなかった。

 でも、こんなことが許されるはずがない。徴を持っていようが、彼女は所詮ただの反逆者だ。心からこの国を正そうと思っている奴なんて、片手で数えるほどいるのかどうかも疑わしい。
 そんな奴らに利用されているだけだと、レハト自身は気付いているのかいないのか。

「リタントの花が、我らを正しい道へと導く。最近はそんな言葉が流行っているのですって。本当に、弱い心の持ち主というものは強い者に巻かれるのがよほどお好きなのですわね。楽なほうへ楽なほうへと、自分で考えることを簡単に放棄して。傍から見ていれば滑稽なくらいに」

「それだけ噂になるくらい綺麗な顔してるんなら、だらしなく鼻の下を伸ばした男どもを腑抜けにして、動ける駒になるまで仕立て上げてんだろ。全く、ここに居た頃は、そんなことしでかすようなそぶりちっとも見せなかったくせにさ。伯母さんもとんだ厄介物を拾い上げてくれたもんだ」

「使えるものは全て利用するという考えは、決して愚かではなくてよ。その美しいお顔が武器だと言うならば、例えお飾り人形のような扱いを受けているのだとしても、一番効率的な利用方法だわ」

「そう言うなら、ユリリエもその美貌をひけらかして、日和見してる連中かっさらって来てよ。にっこりと微笑んでもくれば、簡単に五、六人くらいほいほいと寄ってくるんじゃないの?」

「まあ、ご冗談を。私なんぞになびく男など、それこそ信用できません。陛下こそ日和見している女性たちの支持を得られるよう、まずはその精悍なお顔を保つために少しお休みになられたらいかが? 目の下に隈ができていますわよ」

 ではご自愛なさって、とまた優雅な足取りでユリリエが去って行く。
 
 同じ時期に寵愛者が二人。
 その事実こそ、神がこの国を正すために我々に与えた試練なのだ、と皆が口にしているという。
 何がリタントの花だ。冗談じゃない。こんな茶番はさっさと片付けて、少しでも早く復興に手をつけないと。
 伯母が亡くなった今、この国を取り纏めるのは自分一人しかいないのだ。勝てるのか、というのは愚問でしかない。勝たねばならない。そうでなければ、敗れてしまうようなことがあるとしたら、今までの自分はいったいなんだったというのか。

「すぐに次の手を考えるよ。みんなを部屋に集めて」

 側に居た者に声をかけ、玉座から腰を上げる。
 徹底的に、一刻も早く。二度とこんなことが起きないように、ありとあらゆる手を尽くして。
 今考えられることは、それだけだった。

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