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花冠<2>

2013.06.20 (Thu)
お父さんEND→反逆者ENDの出来事あれこれ。登場人物いろいろ、というよりほぼ全員。
反乱の話ですのでばんばん人が死にます。初っ端から最後まで鬱な話のオンパレード。ご注意を。

花冠<2>


 広間は綺麗な衣服を身に纏った貴族らで溢れ返っていた。この非常時だというのに、用意された食べ物や酒は贅を尽くしたものばかりで、戦いの真っ最中であることを疑ってしまうくらいに、談笑し合う人たちがゆったりとあちらこちらで寛いでいる。
 この者たちが実際に戦いの場に赴くことは、この先も決してないのだろう。共に戦いましょう、と申し出てきて、用意した人材をこちらに差し出してくるだけ。事が済んだ後の地位ばかりを気にして、このような場で媚を売ることに全力を注ぐ。そうして、いつも迷惑を被るのは立場の弱い者たちばかりなのだ。
 うんざりするほど長く続いていた貴族らへの挨拶がようやく一区切りつき、隙を見て庭の方へと足を向けた。

「レハト。また剣の稽古かい?」

 その私の様子を見咎め、父が顔を曇らせながら声をかけてくる。
 これ以上この場に留まっていたら、むせ返るような酒の匂いだけでふらふらになってしまいそうだった。それでなくても、着慣れないごてごての衣服を身に纏って息がつまりそうだというのに。何も寝室に逃げ込むわけじゃないのだから、少し外の空気を吸うくらいのことは見逃して欲しい。

「ちょっと、酔いを覚ましたいの」

「女性がそうやたらと剣を振り回すのは感心しないな。そんな暇があるのなら、ここに居る皆様方にご挨拶を……」

「少しだけ。すぐに戻るから」

「これレハト、待ちなさい。……いや、これはこれは伯爵殿。ようこそおいでくださいました。どうぞどうぞ、こちらに……」

 父が新たに現れた客人に気を取られている間に、庭へと飛び出す。
 この馬鹿騒ぎが始まる前からこっそりと隠しておいた剣を茂みから取り出し、屋敷から漏れ出る明かりを背に、木を的にして一人剣を振り続けた。
 トッズが居れば相手をしてもらえるのだが、今日は朝から一度も姿を見ていない。彼がどのような命令を受けて、どこで何をしているかは一切自分に知らされることはなかった。本人に聞いたところで、またいつもの愛想の良い笑みで誤魔化されるに決まっている。最初の頃こそ、彼の安否を気遣う毎日を送っていたのだが、だんだんとその感覚も麻痺していった。彼のことだから心配いらない。彼が命を落とすようなへまをするはずがない。また明日になれば、何事もなかったようにひょっこりと自分に顔を見せてくるに違いないのだ。

 たまに流れる夜風は生ぬるく、汗ばむ体を冷やすどころか、ますます不快感を増長させる。
 剣を振り、その重さを腕に感じるたびに城で稽古をしていた日々が嫌でも思い起こされた。それを振り切るように、ただがむしゃらに木に傷を作り続けるも、城の中庭の風景が頭にちらついて離れない。
 思い出したところで、もう引き返すことはできないとわかっているのに。これは私が選んだ道だ。後悔、なんて言葉を口に出すことは許されない。後ろを振り返ることなく、ひたすら前に進むだけ。今の自分にできることはそれしかない。

「精が出ますねえ」

 近くの茂みから突然声がして、咄嗟に剣を構える。
 暗闇に目を凝らすと、どうやって警備の目を掻い潜ってきたのかフードを深く被った男が佇んでいるのが見えた。

「……誰」

「お初にお目にかかります、寵愛者さん」

「誰だ、と聞いている」

「まあ、私が何者かは置いておいて。決して怪しいものでは、と言いたいところですが、言っても信じてもらえないでしょうね」

「……」

「そう身構えないでくださいよ。お力を貸そうかと思って、無礼とは知りながら、こうしてお一人のところを狙ってご挨拶に伺ったわけで」

 気持ちの悪い笑みを浮かべながら男がこちらに近づいてくる。相変わらず騒がしい声を響かせている屋敷の方へと思わず振り返るが、こちらを気にしている者など誰一人として居ない様子だった。皆、酒に酔いしれることに、おべんちゃらを囁き合うのに忙しいらしい。
 警戒を解かずに剣を強く握りしめたが、そんな自分に構う事なく男は慣れ慣れしく言葉を続けてくる。

「お役に立てると思いますよ。私一人で、そう、今の戦局をひっくり返すぐらいに」

「……一人で? そんなに剣や弓の腕に自信があるとでも?」

「いや、そうじゃなくて……。説明するよりは、実際に見て頂いたほうが早いかと」

 そう言いながら、フードを被った男は急に手のひらを前に突き出した。口元で聞きとれない何かを呟きながら、的にしていた木をじっと見つめている。すると、枝が奇妙な動きを見せ始め、軋む音が聞こえたと思うと枝に亀裂が走った。見えない何かに引き裂かれるように枝が幹から離れ、だがそれは地面には落下せずに、ふわふわと宙に浮き続けている。

「……」

「ご理解いただけました?」

 有り得ない現象を目の当たりにして、ただただ絶句する。やがて男の腕の動きに呼応するように、枝が音も無く静かに地面に舞い降りた。
 ……魔術師。耳にしたことはあるが、まさか本当にそんな者が存在するとは。
 恐る恐る横に佇む男の顔を見上げるが、相手は涼しい顔をしていて、そんな自分の反応を楽しんでいるようにも見える。
 本物? 本当に魔術を? いや、騙されるな。何か仕掛けがあるに違いない。もしかしたら、城から来た密偵か何かかもしれない。
 そんなことを思っていると、男が拳を握り締めると同時に地面に落ちていた枝が粉々に砕け散った。その破裂音も屋敷から聞こえてくる騒がしさに消され、こちらを怪しんで駆けつけてくる者すらいなかった。
 続けざまに男がまた手のひらを付き出す。触れてもいないのに、庭に植えてある花が次々と毟られていき無残な姿を地面に晒していく。風に吹かれて花が舞い散る中、そのうちの一本がこちらのほうへと宙に浮きながらゆっくりと飛んできた。男が手を伸ばしてその花を掴み取り、表情も変えずに握り潰す。

「と、まあ。こんな感じでして」

 こんなものを見せつけられては、この胡散臭い男が自分には想像もできないような力の持ち主だと納得せざるを得ない。再び男の顔を見上げると、満足げな表情で男が口を開く。

「どうです? もちろん、お代はそれなりに頂きますがね」

「……」

「もっとも、表立って戦うのはこちらとしても避けたいので。影から援護、という形になりますけど」

「……目的は? なんで私の味方に?」

「そりゃあ、もちろん金ですよ。金はいくらあっても困るものじゃない」

「……あんた一人だけ? 他に仲間はいないの?」

「仲間……なんてわずらわしいものはいませんが。そうですねえ……もう一人ぐらいはなんとか連れてこれるかな」

 そう言いながら首をひねって、男が少し考え込む。
 こいつ一人だけじゃない。まだ他にも同じような力の持ち主が居るというその事実に、血の気が引いた。
 冗談じゃない。こんなのが相手側についてしまうようなことがあったら、こっちはすぐに全滅だ。それでなくても現王の容赦ない戦いぶりに苦戦しているというのに。
 一刻も早く、この男を味方につける必要がある。金が目的でしかないこいつが、城側の人間に話を持ちかける前に。

「そのもう一人は、あんたと同じくらいの力を使えるの」

「同じってわけにはいかないかなあ……。私よりは少し劣りますけど居ないよりはましじゃないですかね。一人増やすおつもりなら、その分、お代は跳ね上がりますよ。私一人じゃ不満ですか?」

「……味方は一人でも多い方がいい。そんな特殊な能力があるならなおさらだ。金はいくらでも用意するから連れてきて」

「じゃ、交渉成立ってことで」

 握手をしようと、男が笑みを浮かべながら手を差し出してくる。その手を払いのけ、代わりに言葉をぶつけた。

「その力の使い方を私にも教えて欲しいんだけど」

「……」

 しばしの沈黙の後、男が突然噴き出す。
 その態度は明らかに私を馬鹿にしていた。

「あんたが? 魔術を? どうだろなあ……。誰にでもそうそう簡単に扱えるってものじゃないし」

「それくらい承知している」

「別にこんなもん習得しなくたっていいじゃないですか。あんたはその可愛い顔を武器にして、皆が戦う一番後ろでにこにことふんぞり返ってりゃ……」

 へらへらとした笑いを浮かべながら、そんなことを口にする男に向かって素早く腕を伸ばす。ただの小娘と油断していたのか、こちらが拍子抜けするほど男は抵抗するそぶりを見せなかった。
 胸倉を掴み、手にしていた剣を首元に突き付ける。男は両腕を軽く上げ、観念するような仕草を見せた。

「御託はいいから。この額の徴をなんだと思っている? その辺に居る普通の人間と私を一緒にするな」

「……」

「基本的なことだけでいい。後は自分でなんとかしてみせる」

「実践で使えるようになる頃には、もう戦いは終結してるでしょうよ」

「別に、戦うために使いたいわけじゃない。何かあった時のために覚えておきたいだけだ。その分、金は上乗せする」

「……基本、だけね。はいはい、わかりました。上達しなくても私のせいにしないでくださいよ」

 その言葉を聞いて、力を込めて男の体を突き飛ばす。
 面倒なことになったなあ、と男がぶつくさ呟いていたが、聞こえない振りをした。

「もう行って。誰かに見られたら厄介だ」

「では、また詳しい事はそのうちにでも。連れてくる奴の面通しはしましょうか?」

「必要ない。戦果を挙げてくれればそれでいい」

「こんな物騒な世の中ですからね。金を払うまで死なないよう気を付けてくださいよ、寵愛者さん」

 そう告げて、男は音も無く暗闇の中へと姿を消した。


  ◇  ◇  ◇


「じゃあ、ちょっと出てくるからね。戻るまでちゃんと大人しく……」

 そう言って、寝台に横になっているはずの老婆の方を振り返ると、相手はすでに安らかな寝息を立てていた。
 安堵して息をつき、病人を起こさないように静かに身支度を整える。
 そろそろ備蓄している薬が尽きてきた。病状が悪化し、だんだん目を離せなくなってきたこの状態では、たびたび外へ出て材料を揃えるのも難しくなってくる。今日は少し多めに薬草を持ち帰ったほうがいいかもしれない。
 草を運ぶための笊を手に持ち、外へと続く扉を開ける。暖かい光が体を包み小鳥の囀りが聞こえてきた。家に閉じこもり、ずっと二人きりで過ごして鬱々としていた気分が幾分か晴れるような、そんな気持ちの良い穏やかな天気だ。
 いつものように、目当ての薬草が生えている場所へと足を向ける。
 最近、雨が降らない日が続いているから草の状態があまり良くないかもしれない。そうだ、活けていた花が少し枯れ始めていたのだった。花の匂いは嫌いだ、と愚痴をこぼしていた老婆だが、今度は匂いのきつくなさそうな花を取ってきてやろう。彩り華やかなその姿が、老婆の心を少しでも癒してくれるといいのだが。
 そのようなことをいろいろと考えて歩いていたら、急に背後から声を掛けられた。

「よう。久しぶりだな」

 その聞き覚えのある声に驚いて振り向くと、当たって欲しくなかった予感が的中して思わず体が強張る。
 目に飛び込んできたのは、できれば二度と顔を会わせたくなかった、かつての兄弟子の姿だった。
 咄嗟に身構えるも、震えを抑えることができず息をするのも苦しくなる。思い出したくもない昔のおぞましい出来事が頭の中を支配し、その場に立っているのがやっとだった。

「……」

「なんだよ、久々の対面に挨拶もなしか?」

「……」

「家から出てくるところを見なきゃ、お前だって気付かないところだったよ。あの貧相だった小汚いガキが随分と化けたもんだ」

「な……んの用……?」

 やっとのことで声を絞り出す。口がからからに乾いて、まるで自分の声ではないように聞こえた。
 相手は自分の問いには答えず、家の方向を見やりながら問いかけてくる。

「ばばあは? 居るのか? もうくたばったか?」

「……ずっと、寝たきり……」

「生きてんのか。そうか、そりゃよかった。結構しぶといもんだな」

 そう言って、兄弟子はにっこりと満面の笑みを自分に向けてきた。
 こんな男でも、やはり身内の生死は気になるものなのか。もしかして老婆の様子を伺いにわざわざここまでやって来たのだろうか、とその笑顔を見てきつく笊を抱きしめていた力がふと緩んだ。
 顔を合わせていなかった長い年月は、彼の冷酷だった性格をいつの間にか変えていたのかもしれない。いつまでも過去の姿にばかり捕らわれていて、自分はこの兄弟子の事を少し悪く思い過ぎていたのかもしれない。
だが、そんな甘い考えはすぐに打ちのめされる結果となる。
 彼が笑みを浮かべたまま近づいてきて、そして、思わず悲鳴を上げたくなるほどの力で自分の手首を掴んできた。強引に体を引き寄せられ、落とした笊が自分の足に踏まれて無残な形へと変わる。手首から伝わってくるその痛みが再び昔の記憶を呼び起こし、胃が引きつれるような吐き気がこみ上げてきた。

「そんな顔すんなって。お前にいい儲け話を持って来てやったんだよ」

「は、はな、して……」

「一人であんなばばあを養ってて生活が苦しいだろ? 俺は優しい心の持ち主だから、報酬全部横取り、なんてことはしないで、ちゃんと分け前は与えてやるからよ。まあそれも、お前の働き具合と態度次第だけどな」

 耳元で囁かれるたびに、背筋が凍りつくような感覚に陥る。
 やっぱりだ。やっぱり、この男は昔からちっとも変わってなんかいない。少しでもこの兄弟子を信用した自分が馬鹿だった。儲け話だなんて言って、きっとまたろくでもない事をやらされるに決まっている。
 早く逃げなきゃ。この男から離れなければ。頭ではそう分かっているのに、震えが止まらない体は自分の言うことを聞いてはくれなかった。
 かろうじて、口を開いて言葉のみの抵抗を試みる。

「い、嫌だ……。早く、帰らなきゃ……ばあちゃんが……」

「少しくらい放っておいても、そう簡単に死んだりしねえよ。そんな難しく考えるなって。お前は黙って俺の言うこと聞いてりゃいいから」

「やだ……。帰る……行きたくない!! 帰る!!」

「おい、いい加減にしろよ。お前がそのつもりなら、あの病に苦しんでるばばあを今すぐ楽にさせてやることだってできるんだからな」

「……っ」

 この男ならきっと、こともなげにやり遂げる。顔色ひとつ変えずに、戸惑いもせず。嫌になるほど自分にはそれがよくわかっていた。
 血の気が引くような光景がありありと目に浮かび、体中から力が抜けてその場にへたり込む。掴まれた手首を引っ張り上げられるが、立ち上がる気力すら沸いてこなかった。

「とりあえずどのくらいの事ができるのか、可愛い弟子の修行の成果を見せて頂くかな。ほれ、立てよ」

 抗うことすらできずに、引きずられるようにして兄弟子の後について歩く。後ろ髪を引かれるように家の方へと振り返るが、影も形も見えないくらい既に距離が離れてしまっていた。
 安らかな眠りについているであろう老婆を思い、胸が押し潰されるような気持ちになる。
 寝台の側に活けてある枯れ始めていた花のことをふと思い出した。かかさず水を与えているのに、日に日に元気がなくなっていく花たち。花びらを一枚、また一枚と落とすその姿が老婆の状態と重なるようで、慌てて頭を振ってその思いを打ち消す。
 自分が戻るまで、どうか生きていて。
 兄弟子の背中を見つめながら、そう祈るのが精一杯だった。


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