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花冠<3>

2013.06.24 (Mon)
お父さんEND→反逆者ENDの出来事あれこれ。登場人物いろいろ、というよりほぼ全員。
反乱の話ですのでばんばん人が死にます。初っ端から最後まで鬱な話のオンパレード。ご注意を。

花冠<3>


 窓から外に目を向けると、一羽の鳥が不安定にゆらゆら揺れながらこちらに向かって飛んでくるのが見えた。奥の部屋に慌てて移動し、逸る気持ちを抑えて帰還する文鳥を待ち受ける。鳥は小屋へ辿り着くなり、息も絶え絶えな様子で自分の手の中に収まった。
 足に付けている手紙を外している間、鳥は鳴き声も上げずにぐったりと大人しくしていた。そんな小さな仕事仲間の様子に柄にもなく涙が出そうになる。

「よーしよし。よく帰ってきたなあ。……なんだお前、ずいぶん汚れてんな。向こうで何かあったか?」

 もちろん、その問いに鳥が答えるはずもない。
 不満や不平をぶつけることすらできない鳥を不憫に思い、あちこち煤だらけになっている羽を優しく撫でてやった。

「すまねえなあ……、こんなにこき使っちまってよ。ほら、ゆっくり休みな。餌もたっぷり食べておけよ」

 鳥がその言葉に答えるように止まり木へと飛び移る。
 羽音がうるさいくらいに響き、独特な匂いが充満していたこの小屋も、今はすっかり風通しが良くなってしまった。長年寝泊まりを続け、居心地が良かったはずの部屋なのに、こうして佇んでいると落ち着かない気分になってくる。

 言葉が通じず抵抗できないのをいいことに、城の奴らは頻繁にここに足を運んでは鳥たちを酷使しし続けていた。そうして人間の勝手な都合に振り回され、ここから飛び立ったまま戻ってこない鳥。途中何かに襲撃されたのか、血に塗れてやっとのことで小屋に辿り着いてから息絶えてしまった鳥。それらを思い出すたびに、残っている数少ない文鳥たちを空に放してしまいたくなる衝動に駆られる。

 隣室へと戻る途中、手にしていた紙にところどころ焼け焦げたような痕、そしていくつかの赤黒い染みが付いているのに気付いた。尋常ではない手紙の状態に、一瞬鼓動が早まる。
 ……ディットンでも遂に何かが起こった。
 襲撃? まさか古神殿までも? 

 神殿は今のところ中立の立場を保っていたはずだ。我関せずとだんまりを決め込み、神殿衛士も戦いに参加することなく警護のみに徹しているらしい。
 城に居たままでは、中立と口にしたところで現王側の人間だと誤解されかねない。なにより、いつ襲撃されるかわからない危険な場所に留まり続けているわけにはいかないと、城の神殿の人間もほとんどディットンの古神殿へと避難したと耳にしたのが、つい先日のことだ。
 現王憎しと言えども、反乱側が古神殿にまで火種を広げるなんてことをするだろうか。いくら何でも、そこまで非道な行いをしでかすだろうか。
 いや、戦いは人間を狂気に駆りたてる。
 このご時世、何が起こってもおかしくないのかもしれない。

 手紙の中を見てしまいたい誘惑と戦っていると、その折りたたまれた紙から、小さな何かがひらりと落ちる。拾い上げてみるが、これもまた煤だらけで真っ黒のため、何なのかは判別できなかった。花びら、のようにも見えるがどうだろう。

「今、一羽戻っただろう!! 何をぐずぐずしているのだ、さっさと手紙をよこさんか!!」

 急に小屋の扉が開き、怒鳴り声と共に一人の衛士が姿を現す。

「そんな大声出さなくても聞こえるっての。ほらよ」

 差し出した手紙を、衛士官が奪い取るようにひったくる。その場で紙を広げて目を通していたが、険しかった顔がみるみるうちに更に険しくなり、乱暴に手の中でぐしゃりと紙を握り潰してしまった。

「他には!! 他の文鳥はまだ戻らんのか!!」

「うるせえなあ。あんたも空を見張ってんだから、それ一通だけだってわかってんだろ」

「もう何日も経っているではないか!! 一体、いつになったら……」

「こんだけこき使ってたら普段より戻りが遅くなるってことぐらい、あんたのその足りない頭でも想像つくだろうが」

 毎日毎日、こうしてうんざりするほど同じ会話を繰り返している。非常時だから仕方ないのかもしれないが、日に日に威圧的になってくる衛士らの態度に怒りが沸き、顔をひっぱたく光景をいつも頭の中で想像していた。

「この文書を、すぐにディットンに届けねばいかん。ディットンへ送る鳥は」

「休憩中だよ。明日まで待つんだね」

「休憩などさせている場合か!! 一刻も早く連絡を取り合わねばならんのだ!!」

「そんなこと知るかよ、生き物なんだから仕方ねえだろが!! 大事な文を持たせたまま、途中で野たれ死んでもいいってんなら今すぐにでも飛ばしますがね。どうせ鳥を使うあたり、そんなに大した内容の文書でもねえんだろ」

「なっ、なんだと……!!」

「そんなに重要な書類だってんなら、あんたのその自慢の体で直接走って持って行ったらどうだ。そうすりゃ、少しは鳥たちの苦労もわかるだろうよ」

 嫌味たっぷりの反撃に、衛士が顔を真っ赤にしてぶるぶると震え出す。腕力では敵わないとわかってるが、手を出してくるつもりなら黙って殴られる気はこれっぽっちもなかった。床に転がっている箒を手に取り、いつでも反撃できる体制を取る。
 すると、自分を押しのけるようにして、衛士が奥へと続く扉を乱暴に開け放った。そのままずかずかと鳥たちの居る部屋へと足を踏み入れる。

「おい、勝手に入んなよ!!」

 こっちの言葉を無視して、衛士は黙って木に止まっている鳥たちを睨みつけていた。その視線が、ゆっくりと自分の方へ向けられる。
 部屋に充満している匂いが気に入らないのか、顔をしかめつつ衛士が問うてきた。

「……本当にこれだけしか居ないのか」

「ここに居なきゃ、どこに居るってんだよ」

「お前、どこかにこっそりと文鳥を隠しているのではないだろうな。そうして密かに反乱側と連絡を取り合っているのではないか?」

「はあ?」

 予想だにしなかった馬鹿馬鹿しい問いかけに、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
 戦いは人間を狂気に駆りたてる、と先ほど考えたばかりだったが。なるほど、このように無用な疑心暗鬼がますます事態を混乱させて、それがどんどん際限なく広がって収集がつかなくなるんだなと心底納得した。

「そこまで疑うんなら、俺をさっさと牢にでもぶち込めばいいだろ。まったく阿呆らしい。あんたらが目を皿のようにして城の周りを見張ってんのに、見つからないように鳥を飛ばす上手い方法があるなら、是非ともご伝授頂きたいものですがね」

「……っ!!」

「ほら。くだらねえこと言ってる暇があるなら、さっさと見張りに戻んな。手紙預かっておくからよ」

 手を出して受け取ろうとしたが、衛士は叩きつけるように手紙を投げつけてきた。そのまま扉を開けっぱなしにして、肩を怒らせながら小屋を去って行ってしまう。

 ……皆が正常な考えができなくなってしまっている。一体、いつまでこんな状態が続くのか。
 
 ふと、先ほどディットンから戻ってきた鳥に目が行った。体が煤だらけだったが、怪我をしていないかどうか、きちんと確認しておかなければ。
 だが怪我をしていて、それを手当てしたところでどうなる? 
 またこいつらを危険なところへと飛ばし続けるくらいなら、怪我なんか治さずに、そのまま放っておいたほうが……。
 
 そんな馬鹿なことを思いついてしまうほど、どうやら自分も正常とは言い難い状態のようだ。

「あの……すみません。リィムエさん、いらっしゃいますか……」

 声に気付いて振り向くと、開いたままの扉から使用人の格好をした女の子が姿を見せた。こっちの姿に気付くなり、ためらいがちに部屋の中へ入ってくる。

「なんだい。何か用か?」

「その……、こんな時にってわかっているんですけど……。これを故郷に送ってほしくて……」

 そう言って、使用人の子は大事そうに抱えていた手紙を、おずおずと差し出してきた。こんなやりとりも、もう日常茶飯事だ。配達係の者を通さずに直接ここに出向いて、故郷に居る家族への手紙を託してくる。

「あ、あのっ、急ぎませんので。何かのついで、とか、鳥の余裕がある時でいいんです。……やっぱり駄目でしょうか……」

「いや、いいよ。とりあえず預かっておく。……無事に届くか約束はできねえけどな」

「ありがとうございます、お願いします!!」

 手紙を受け取った途端、使用人の表情がぱっと明るい笑顔に変わる。そして、一礼してから逃げるようにして小屋を出て行った。ここに来ているところを見咎められたら、「この非常時に個人的な文とは何事だ」と、何らかの罰を受けてしまうのだろう。
 溜息をついて、託された手紙を部屋の隅の箱へと放り込む。箱の中は同じように内密に預かった手紙で溢れ返っていた。

 いつになったら送ることができるのか。
 そんなこと、自分にわかるはずもない。
 だが、あんな必死な顔をして手紙を持ってくる人たちを、無下に追い返すことなんてできるわけがなかった。

 先ほどの使用人が、故郷からの手紙はまだかと頻繁に顔を出していた女の子の姿とだぶった。
 あの子は今ごろどうしているだろう。無事でいるのだろうか。

 寵愛者が姿を消してしばらく経った頃。そうあれは確か、まだこの戦いが起きる前だった。城での仕事に見切りをつけ、故郷へ帰ることになったとわざわざ自分に挨拶をしに来て、

「気付かないうちに、サニャが何か気に障ることでもしちゃったのかな……」

そんなことを言いながら、寂しげな笑みを浮かべていたのを思い出す。

「寵愛者の失踪はお前のせいなんかじゃない。余計なこと考えてないで、故郷でしっかりと親孝行してやんな」

と、あの小さな背中を思い切り叩いて、自分は励ましてやったのだった。

「ほら、おいで。傷がないかどうか見てやるから」

 手紙の山が入っている箱に蓋をして、木に止まっている鳥に声をかけた。
 もう一つくらい、箱を用意しておいたほうがいいかもしれない。それも、できるだけ大きい物を。
 蓋が閉まりきらずに浮いているのが目に入って、また大きな溜息が漏れ出た。


  ◇  ◇  ◇


「……これだけ言っても、信じてもらえないんですか」

 精一杯の力を込めて声を絞り出す。怒りから握った拳が震え出し、興奮で涙がこぼれそうになるが、冷静にならなければと必死に頭の中で自分に言い聞かせた。

「お前は城に居た頃、あの女の部屋付きを勤めていたのだろう?」

「そうです。そうですけど……私がレハト様のお仕えしていたのは、ほんの少しの間で……」

「様、などと付けるな! あれはただの反逆者だ!!」

「ひっ……!!」

 領主の怒声に思わず身が竦んでしまう。
 だが、身の潔白だけは証明しなければ。こうして疑われたままでいたら、自分だけでなく家族までもが酷い仕打ちを受けてしまうだろうことは目に見えている。
 そんなこと、絶対に嫌だ。
 自分とレハト様は何も関係がないのだと、この頑固そうな領主になんとしてもわかってもらわないと。

「今でも密かにあの女と連絡を取り合って、この村の情報を流しているのではないか? 違うか!?」

「そんな……!! サニャは知りません、何もしていません!!」

 家でいつものように母の家事を手伝っている時だった。
 突然、使いの者が怒声をまき散らしながら現れ、わけがわからないまま領主の屋敷の一室に閉じ込められた。
 恐ろしい形相を浮かべる領主からの詰問で、自分に疑いがかけられていることを知り、外が暗くなっても、再び明るくなり始めても、一向に自由にさせてくれる気配がなかった。

 城で寵愛者の部屋付きであったが故に、まさかこんな扱いを受けるなんて。いつも、優しく人懐こい笑顔が絶えなかった領主のあまりの変わりように、最初は怯えて声が出せないほどだった。だが事の重大さに気付き、家で自分の帰りを待っているはずの家族の顔を思い浮かべているうちに、次第に決心は揺るがないものになっていった。
 絶対に、認めるわけにはいかない。
 自分は疑われるような悪いことは何もしていない。

 あのレハト様が反乱を起こした。その噂を聞いた時も、すぐには信じられなかった。
 何かの間違いだと思ってはいたが、それを決して口に出すようなこともしなかった。余計なことを口走って、こんなことになってしまうのを避けるためだ。
 だが長く続く戦いは、人の心を疑心で蝕み、焦りや恐怖で冷静な判断を遠ざけた。
 今、思い返してみれば、村の人々もなんとなく自分に対してよそよそしい態度を取っていたような気がする。自分の知らないところで、いろいろとあることないことを囁かれていたに違いない。

「……レハ……、あの人の居所なんて知りませんし、連絡を取ったりなんかしていません」

「本当だろうな」

「私のことなんか、覚えてもいないと思います。本当に少しの間しかお世話をしていませんでしたから」

「……」

「どうしたら信じていただけますか? 私、私……」

 長い時間、気を張り続けていたものの、領主の威圧的な態度にもう限界寸前だった。涙が滲んできて言葉が続かなくなる。泣いたところでどうにもならないとわかっているのに、一度出てきてしまった涙はいつまでも止まることはなかった。
 知らないものを知らないと、どう証明すればよいと言うのか。
 まさか私が罪を認めるまでここから出さないつもりなのでは。
 そんな恐ろしい考えが頭に浮かび、涙を拭うことも忘れて、ただ俯くことしかできなかった。

 やがて、領主が諦めたように溜息まじりで言葉をかけてくる。

「……わかった。だが、変な動きを見せればどうなるかわかっているな?」

「も、もちろんです」

「もうよい。私の気が変わらないうちに、さっさと帰るがいい」

「ありがとうございます。寛大なるご配慮に……感謝いたします」

 本当はお礼なんか言いたくなかった。何の証拠もなしに勝手に人を疑って、詫びの一つも告げることなく勝手に追い出す。城に居た頃によく目にしていた、横柄な態度をとり続ける貴族たちを思い出した。
 優しそうに見えていたこの領主も、所詮は同族だったのだと今更ながらに思い知る。

 涙を拭って、逃げるように領主の屋敷を後にした。
 急いで帰らないと。みんなが待ってる。きっと心配しているに違いない。
 泣き顔なんて見せたら、ますます不安がらせてしまう。

 顔を叩いて自分を奮い立たせ、家へと向かう足を早めた。

 もうすぐ生家に辿り着くという時、道端に座り込んでいる子供が目に入る。自分の兄弟の末っ子だ。
 末っ子は私に気付くなり、一目散に駆け寄ってきて胸に顔を埋めてきた。

「なあに? どうしたの、こんな所で。心配して迎えに来てくれたの?」

「……」

「ほら、お兄ちゃん大丈夫だったから。早く帰ろう?」

 小さな手を取って、再び家路へと向かう。末っ子は口を閉じたまま何を問いかけても一言も喋ることはなかった。片方の手で、近くで摘んできたと思われる野花を必死に握り締め、俯いてとぼとぼ歩いている。
 途中、村の人が遠巻きに自分たちを見つめて、何かを囁き合っていることに気付いた。声を掛けようと目線を合わせると、顔を背けてそそくさと去って行ってしまう。

 歩を進めるたびに、嫌な予感がどんどん頭の中で膨れ上がっていった。
 家へと向かう足が意図せず早くなる。

 ようやく家が見え始めた頃、自分の予感が当たってしまった光景を突き付けられて、顔から血の気が引いた。
 母が手入れを怠らず狭いながらも綺麗に整えられていた庭が、嵐が去った後の如く荒らされている。丹念に育てていた花たちも無残に地面に散らばっていた。
 急いで家に駆け寄ると、扉にもいくつかの傷が刻まれている。末っ子の手を再び強く握り締め、ためらいがちに扉を開けた。
 中を覗くと、自分の家ではないような、何か説明のできない異様な雰囲気が漂っていた。

 窓から日は射しているのに、なんだか暗くて。
 重くて。
 自分が足を踏み入れたら、途端にこの家が壊れてしまうんじゃないか。
 そんな妄想に囚われた。

 自分の姿に気付いた両親が、笑顔で駆け寄ってくる。

「サニャ……!!」

「ただいま……」

 この家に居なかったのはたった一日だけだったのに、両親が急激に歳を取ってしまったような感じがした。
 疲れ果てて青ざめている顔。
 乱れた髪に、自分が連れて行かれてしまった時と同じ衣服。
 自分の帰りを、まんじりともせずに待ち続けていたに違いない。

「心配かけてごめんね。大丈夫、領主様はわかってくれたよ……」

「そうかいそうかい。何も心配しちゃいなかったけどね、あんたは、疑われるようなことは何一つしていないんだから」

「お腹は空いていないかい? ちゃんと眠れたか?」

 両親は何も言わなかった。
 庭が無残に荒らされていた理由を。
 部屋の隅で、兄弟たちが私に近付くことなく怯えるように縮こまっている理由を。

 自分が居ない間に、きっと村人たちに何か酷いことをされたのだろう。こんな狭い村だ。すぐに噂は広がってしまう。

「お前たちの息子は敵側の密偵だ。あの女の側に仕えていた奴など信用できるか。村から出て行け、すぐに出て行け。この裏切り者め」

 そんな場面が容易に想像できた。だが、村人たちを責めることはできない。彼らも自分たちの身を守るために、家族を守るために必死だったに違いないのだ。

「さあさあ、座って。ほら、みんなも食事にしよう」

「えっ、ごはん!?」

 母の言葉に、隅でうずくまっていた兄弟たちが弾けるように立ち上がる。
 支度を始める母に纏わりついて口々に騒ぎ始めた。

「食べるもの、あるの?」

「まだあったの? おかーさん、かくしてたの?」

「だって、いつものおばさんが、おやさい売ってくれなかったって、きのう……」

「これっ!!」

 兄弟たちの言葉を、母が慌てて遮る。
 やっぱりそうか。私のせいで、家族は村人から心無い仕打ちを受けていた。それも想像以上に。
 そんなことを一言も口にはせず、何もなかったように振舞う両親の姿に胸を突かれ、我慢出来ずに呟いてしまった。

「……逃げよう。お父さん、お母さん」

「……」

「どこか遠い、私たちのこと知ってる人が誰もいない所へ。このままここに居たら、どんどん酷い目にあっちゃう」

「サニャ……」

「ね、そうしよう。……昼間だったら目立つから、夜になったら。何も悪いことしてないのに、逃げ出すなんて悔しいけど。そんなこと、言ってられないもんね。ほら、お前たちも。持てる物を持てるだけ持って。長い旅になるかもしれないから」

「たびー? どこ行くの? みんないっしょに行くのー?」

「そう、一緒だよ。みんな一緒だから、どこに行ったって、知らない土地でだって……」

 そこまで言って、また堪え切れずに涙が溢れてきてしまった。
 本当に情けない。しっかりしなきゃいけないのに。
 そもそも、こんなことになってしまったのは私のせいだというのに。
 関係のない家族を巻き込んでしまって、住み慣れた村に居れないようなことにまでなってしまって。

「……ごめん、ごめんね。サニャのせいで、サニャがお城で働いてたから。本当に、本当に……」

 急に視界が真っ暗になり、息苦しさに言葉が途中でつまる。押しつけられた柔らかい感触と、いつもの香りから、母親に抱き締められたのだとようやく気付いた。

「何を言ってるんだい、この子は。城で一生懸命働いていたお前は、私たちの自慢の息子だよ。何を謝ることがあるんだい」

「そうとも、お前は何も悪くない。こんなことが続いて、みんな心が弱ってしまっているんだ」

「おか……さん……おとう、さん……」

「ほらほら、泣くのはおよし。さあ、そうと決まればさっさと支度しないとね。皆で手分けして荷造りするよ」

「にづくりー!」

「おでかけー! みんなでおでかけー!」

 兄弟たちが再び無邪気にはしゃぎ始める。どたばたと走りまわり、楽しそうに自分の宝物のがらくたを手にしていた。落ち着かない兄弟たちに、母が小言を言い、父が笑顔でそれを窘める。
 涙でぼやける視界でその見慣れた光景を眺め、ああ、帰ってきたんだな、とやっと実感が沸いてきた。
 かけがえのない私の家族。
 大事な大事な、私の家族。

 大丈夫。ここじゃなくたって、皆が一緒ならきっと生きていける。
 住み慣れた家や村じゃなくても、きっとなんとかなる。
 父が肩に手を置いてきて、心の底から安堵するような笑顔を見せてきた。涙を拭い、自分も精一杯の笑顔を父に返す。

「あたらしいとこでも、またお花植える?」

「そうだね。また家の周りを花でいっぱいにしようね」

「お花ー。お花いっぱいー」

 騒ぐだけで、ちっとも荷造りを手伝わない兄弟たちを笑顔で見つめ、大きく息をついてから片付けに取り掛かっている母のもとへと駆け寄った。

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