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花冠<4>

2013.06.26 (Wed)
お父さんEND→反逆者ENDの出来事あれこれ。登場人物いろいろ、というよりほぼ全員。
反乱の話ですのでばんばん人が死にます。初っ端から最後まで鬱な話のオンパレード。ご注意を。

花冠<4>


 寝台の上で、枕に背を預けて本に目を通していた。だらだらと文字を眺め続けていたが、内容が頭の中にちっとも入ってこない。かと言って、眠くなるような気配もまったくなかった。
 なんだと言うのだろう。
 胸がざわざわして、とても眠れる気がしない。
 寝台の側に活けてある花の匂いも煩わしく感じてしまうほど、今夜の自分は気が高ぶっていた。

 明日は朝早くから礼拝の予定がある。少しでも眠っておかなければ、と思えば思うほど焦りが先走ってしまい、ますます目が冴えてしまう。
 そういえば、食欲がなくて今日は夕食にもほとんど口をつけなかったのだった。今も空腹は感じないが、胃が空っぽな事で余計に眠気が襲ってこないのだろうか。

「あれ……、ティントアさん。食べないんですか?」

 夕食時に、ニーナッテがそう言って自分の様子を伺ってきたのを思い出す。
 先日、城の神殿からかなりの人間がこの古神殿へと避難してきた。だが、顔見知りの者たちとの再会に歓喜するような雰囲気ではとてもなく、それに追い打ちをかけるように、古神殿から外へ出ることを禁じる通達が下された。今のところディットンでは何も危険なことは起きていないのだが、念には念を入れて、ということらしい。
 そんな状態が続いているため、食堂でも賑やかな笑い声や話し声が聞こえてくることはなく、湿っぽい雰囲気に包まれて皆が黙って食事を口に運んでいた。

「少しでも食べておかないと体に悪いですよ」

「……食べる?」

「い、いえ。そういうつもりで言ったわけじゃ……」

「いらない?」

「あのう……。じ、実は……ちょっとお腹を壊してまして……」

「……」

「なんだか、こっちの地方の食事は合わないみたいなんです……。情けない話なんですけど」

 彼はそう言いながら、顔を真っ赤にして照れた笑いを浮かべていた。言われてから気付いたが、彼の前に置かれていた食事もほとんど減っていない。
 こんな非常時に食事を残すなんて、と誰かに叱られる前に自分は早々に席を立った。そしてそのまま自室に引きこもり、眠れぬまま今に至る。

 ……もしかしたら、礼拝室で祈りを捧げれば少しは気持ちが落ち着くかもしれない。
 我ながら名案だ、と明かりを手に部屋を出てみた。
 
 廊下は暗く静まり返っていて、慎重に歩を進めていてもひやりとするほど足音が響き渡る。頼りない明かりではほとんど視界がきかず、いつも歩き慣れているはずの廊下が急に恐ろしい場所のようにも見えてきた。暗闇が塊となって急に自分に襲いかかってくるような、そんな光景が頭に思い浮かんでしまう。
 今まで、夜に出歩いてもそんなこと考えたこともなかったのに。
 やっぱり今日は何か変だ。どこかおかしい。
 部屋を出たときから、何とも言えない胸騒ぎは収まるどころか、どんどんと膨れ上がる一方だ。
 なんだろう。なんだか、良くないことが、とても良くないことが起きている気がする。

 礼拝室に向けていた足を、ふと違う方向へと向けた。
 どうしてかなんて説明できない。
 ただ、なんとなく、としか言いようがなかった。

 少しずつ足を進める度に、言葉にならない警報が頭の中で鳴り響く。
 行っちゃいけない。
 見てはいけない。
 何を? 
 わからない。
 でも確かめずにはいられない。行かずにはいられない。

 暗闇に響いていた足音が急に水気を含んだような音に変わって、不審に思い足を止める。
 ……雨漏り? 
 いや、最近は日照り続きだ。誰かが水でもこぼしたのか。
 でも、慌ただしい日中ならともかく、こんな夜中に? そもそも水をこぼしたまま、こんな風に放っておくものだろうか?

 辺りに人の気配は感じられない。明かりを床に近づけてみると、自分の足を濡らしているのは水などではなく赤黒い液体だった。すぐ側にある扉が細く開いていて、液体はそこから漏れ出ている。そして、扉の隙間から少しだけはみ出している物体。それはどう見ても人の手の形をしていた。
 嵌められている指輪が、自分の持っている明かりに反射して鈍く光る。
 確かこれは、大神官長の……。

「本当に貴方と言う人は。どうしていつも思い通りに動いてくれないのかしら」

 急に背後から声がして驚いて振り向く。
 自分の手にしている明かりでは相手の顔まで判別できなかったが、それは自分がかつてよく耳にしていた声だった。微かに漂ってくる甘い花のような香油の香りが、間違いなくあの人だ、と自分の中で揺るがないものになる。

「相変わらず手のかかる子だこと。余計なことばかりして、こんな時まで私の手を煩わせるなんて」

「あ、アモナさ、ん……」

「夕食を摂らなかったのですか? 普段から言っているでしょう? ちゃんと食べて、よく眠らないと」

 相手が何を言っているのか、全く理解できなかった。
 たが、その手に握られている血に塗れた短剣と、普段とは違う彼女の冷やかな笑み。それだけで、この人は敵だと判断するのには十分だった。

「どうしたのです? そんな顔をして。ほら、部屋に戻りますよ。貴方は何も見なかった。誰にも会わなかった。いいですね?」

「……」

 何も言い返せずに、ただ無言で首を振る。すると相手が溜息をつきながら口を開いた。

「……そうやって私の言うことに反抗ばかりして。本当に悪い子。そんな貴方に、今までどれだけ手を焼かされたことか。ファダー家の者だからと気を遣ってやったのに、それをいい事につけあがって……。皆が貴方のその大人しいそぶりに騙されても、私はそうはいきませんよ」

「そん、な……」

「そうね、こんなに悪い子なのだから、少しくらいお仕置きをしたところで神はきっと見逃してくださるわね。……神殿議員の席も、決して多くはないことですし」

 相手がゆっくりと自分に近づいてくる。
 逃げなければとわかっているのに、恐怖と混乱から、体が言う事をきかない。声を出すこともできず、ただ震えて相手を見つめていた。
 手にしていた明かりを床に落としてしまい、火が床に広がっていた血に触れて音を立てて消える。その血だまりを踏み越えて、相手が目前にまで迫っていた。

「……貴方のことは、最初から気に食わなかった。どこの生まれかもわからない養子のくせに。有望な神殿議員候補? 笑わせないでよ。私がこの地位をもぎ取るのに、どれだけ苦労したと思っているの? 少し顔が良いというだけで、皆からちやほやされて、いい気になって」

 今まで見たことのない形相で、アモナが勢いよく短剣を振り上げる。
 立ち竦んだまま思わず目を閉じると、何かが床にぶつかるような衝撃音が聞こえた。

「ティントアさん、逃げて!! 早く!!」

 声に驚いて目を開けると、ニーナッテとアモナが床に重なり合うようにして倒れているのが目に飛び込んでくる。
 後ずさり、よろけながらその場から逃げ出した。背後から二人の叫び合う声が聞こえてくる。

 逃げる?
 どこへ? 
 神殿から出ることは禁止されている。だがそんな事を言っている場合ではない。
 暗闇で方向を失いそうになるも、外へ続く扉の方へと必死に逃げた。途中、人の足音が聞こえてきて、助けを求めようかと迷いが生じる。だが嫌な予感がして咄嗟に身を隠した。

「……ちょろいもんだよなあ。神殿衛士なんて、名前ばっかりじゃねえか」

「いびきかいてる奴相手に、なに偉そうなこと言ってんだよ。油断するなよ、薬が効いてない奴もいるだろうから」

「どうせ外でがっちり囲んでんだろ。俺たちが逃がしたって大したことねえよ」

 息を殺して身を潜ませ、人影が通り過ぎるのをじっと待つ。暗闇のおかげで不審な者たちは自分には気づかず、足音はだんだんと遠ざかって行った。壁から顔を少しだけ覗かせると、何かが倒れているのがぼんやりと見える。先ほど言っていた神殿衛士たちなのだろうか。
 何が起こっているのかわからないが、何かが外を取り囲んでいる、ということだけは理解できた。それもとても友好的ではないと思われる大勢の何者かが。

 どうしよう。
 どこに逃げたらいいのか。
 このまま神殿に留まるのも危険だ。だが簡単には抜け出せそうもない。アモナにも見つからないようにしなければならない。
 どこへ。
 どうしたら。

 混乱しながら、再び暗い廊下を彷徨い歩く。この神殿の構造なんて全然理解していない。普段、自分のような者が足を踏み入れてはいけない場所も数多くあるのだ。

 そうしているうちに、見た事もない場所へ辿り着いてしまった。もう自分が神殿のどのあたりに居るのかすらもわからない。
 途方に暮れていると、また人がやってくる気配がして体中が総毛立った。隠れることができそうな場所を求めて辺りを見回すが、暗くてよくわからない。
 もう駄目だと諦めかけていた時、暗闇から急に人影が現れ、突然のことに思わず口から声が漏れ出てしまう。

「ひっ……」

「なっ……」

 一瞬、幻覚かと思った。
 自分と同じ顔。
 同じ姿。
 そしてそれが幻覚などではなく、実際に存在している人物なのだと相手としばし見つめ合ってからようやく気付いた。

 どうして、ここに。何故。
 途端に疑問が頭を駆け巡る。
 相手も自分を見て目を見開いていたが、少しだけ迷った仕草を見せてから、力強く手首を掴んできた。

「こっち! ぐずぐずするんじゃないよ!」

 ルージョンが声を潜ませながら、自分の手を引っ張って走り出す。どこへ向かっているのかわからず、ただ引かれるままに背中を見つめながら後について走った。
 やがて、息を弾ませながらルージョンがどこかの扉を開け、無理やりその部屋の中に押し込まれる。
 目を凝らしてみると、どうやら何かの倉庫のようだ。埃っぽい匂いが部屋を充満している。
 言葉も出ずに息を整えていると、ルージョンがまっすぐにこちらを見つめながら両肩を掴んできた。

「……いいかい。ここの窓から外に出られるから。出たらすぐに西に向かうんだよ」

「え……」

「そこならまだ包囲が薄い。でもそれも夜のうちだけだ。わかったかい? ……ああ、もうそんな目立つ格好で……」

 溜め息まじりに、ルージョンが纏っていた暗い色のフードを自分にかぶせてくる。
 わけがわからないまま茫然としていたが、やっとのことでずっと頭に浮かんでいた疑問を口に出した。

「なんで、ここに……? なに、してるの?」

「……」

「ねえ。逃げよう、一緒に」

「駄目だ」

「どうして……」

「いいから!! 早くお行き!! 行けったら!!」

 声と同時に思い切り突き飛ばされ、ルージョンが部屋から飛び出して行ってしまう。
 後を追おうと扉に手をかけるが、押しても引いても扉はびくともしない。
 何が起こっているのか。
 なぜ彼女がここにいるのか。
 ここで彼女は何をしているのか。
 何一つわからないまま部屋に閉じ込められ、自分は言われた通り窓からの脱出を試みるしかなかった。


  ◇  ◇  ◇


「何だってんだよ、まったく。なんでこんなに手こずってんの?」

 むしゃくしゃする気持ちを抑えきれず、着ていた上着を乱暴に寝台に叩きつける。
 次々と城に入ってくる報告は芳しくないものばかりで、苛々として眠れない日々が続いていた。自分を心配して、少しだけでも、と侍従が規則正しく食事を持ってくるが口をつける気にもなれない。体に悪いとは思いつつも手が伸びるのはいつも酒ばかりで、絶えず頭痛に悩まされていた。
 乱暴に椅子に腰かけ、佇んでいるテエロを睨み上げると、彼が静かに口を開く。

「……向こうの人数が、当初よりもかなりの数に膨れ上がっています。前王がお亡くなりになったのが、日和見していた者たちを決断させるきっかけになってしまったようで。それと……」

 そこまで言うと、珍しくテエロが戸惑うように視線を泳がせた。

「なに。なんかあったの」

「妙な出来事がたびたび起こっているとの報告が」

「どんな?」

「矢が空中で変な軌道を描いたり、積み上げた土嚢が吹き飛んだり。明かりを灯している火が一斉に消えて、その隙に夜襲をかけられた、という話も」

「……本気で言ってんの?」

「衛士たちは真顔でしたが」

「負けたなら負けたなりに、もっとうまい言い訳考えろっての。そんな馬鹿な言い逃れしか思いつかないような頭してるから、無様にやられ続けるんだよ。ほんと情けないったら」

 最初はこんなに戦いが長く続いてしまうとは想像もしていなかった。反乱側についている奴らを次々と捕えて口を割らせ、片付くのも時間の問題、と誰もが思っていたくらいに優勢だったはずだ。
 それが何故ここにきて、こんなに苦戦を強いられてしまっているのか。皆目見当がつかない。

「予想以上に長引いてしまったことで、疲弊による人手不足が深刻化しております。衛士長が、もう少しなんとか休息を取らせることはできないか、と嘆いておりましたが」

「普段から平和ぼけにあぐらかいてるからこんな事になったんだろ。そんな甘っちょろいこと言ってる暇があったら、少しでも多くの領地を取り返して来いって尻叩いておいてよ。体だけが取り柄の衛士が、今働かないでいつ役に立つってのさ」

「実践経験がないのが、余計に疲労を助長させていると思われます。……このままでは城を逃げ出す者も現れるかと」

「逃げる奴を見つけたら、すぐにとっ捕まえて晒しておいて。すんごく目立つ所にね」

「……人使いが荒くておられる」

「文句あんの?」

「いえ」

 テエロが医士の役目も兼任していて、殺人的な忙しさに追われているのは知っていた。だが、使える人手が他に居ないのだからしょうがない。
 衛士たちの士気が下がってきているのも、言われなくてもとっくに気付いていた。怪我人で医務室は溢れ返り、他の部屋も臨時に病室として使用し、それでも足りずに廊下にまで寝床を敷く始末。そして怪我が治れば、いや治らなくても、また戦地へと送り出される。その繰り返しでは衛士たちから不満の声が上がるのも無理のない話だった。
 圧倒的に人手が足りない。
 寝返ってしまった貴族も山ほどいる。
 どうしたら人手不足が解消されるのか。そんなもの自分にもわかるわけがない。
 こんな状態では、本当にここが攻め込まれるのも、そんな遠い先の話ではないのかもしれない。
 もし今の状態で城下町まで攻め込まれてしまったら……。

「いざとなったら、民を盾にするしかないかな……」

「陛下……」

「異論があるなら、そうならないようしっかり働いてきてよ。実戦経験がないのが仇になってるってんなら、経験値の高いあんたらだけが頼りなんだから」

「……尽力致します」

 問題ばかりが日々増え続け、ひとつも解決できずに、また新たに頭を悩ませる事項が増えて行く。
 まったく忌々しい。一体、何でこんなことに。
 こんな仕打ちを受けるほど、自分はこの国に相応しくない王だとでもアネキウスは言いたいのか。
 
 レハトの方が相応しいとでも? 
 そんなわけがない。
 絶対に、そんなことは有り得ない。

 勢いよく椅子から立ち上がり、机の上に広げてある地図にざっと目を通す。
 どこだ。
 どこにあいつは居るんだ。
 次はどこを攻めてくる気なんだ? 
 考えろ。頭を働かせろ。自分が敵側だとしたら、一体どこが手薄だと判断する?

「……レハトの居場所は? まだ掴めないの?」

「拠点をあちこちと移しているようです。もちろん、まだ捜索は続けさせていますが。こうまでに戦火が激しくなってしまうと、無傷で捕えるのは難しいかと」

「捕える必要なんかないよ。見つけ次第殺して。晒し首にする必要があるから、頭だけはなんとか残しておいてくれればいい」

「承知しました」

 部屋の隅に活けてある花が視界に入った。
 リタントの花。
 その言葉が再び頭に思い浮かび、何の罪も無い花が無性に憎たらしい物に見えてくる。

 ちやほやされて、浮かれていられるのも今のうちだよ。どんな手を使っても絶対に見つけ出してやる。
 レハトが育ったという村を襲えば、焼き払ってしまえば彼女は姿を現すだろうか。いや、そんなものでは生ぬるい。もっと何か、効果的な方法は……。
 
 民のために、とか。国のために、とか。そんな事を念頭に置いて戦っていたはずなのに、最近頭の中を支配しているのはレハトへの憎悪ばかりだった。彼女さえ始末することができれば、すぐにでも戦いは終結するのだ。その考えに執着し続け、今の自分が暴走していることにも気付いていた。

 腕を伸ばして花を掴み取り、手の中で握り潰す。
 それでも苛立ちは収まることはなく、力任せに花瓶を床にぶちまけた。

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