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花冠<5>

2013.06.30 (Sun)
お父さんEND→反逆者ENDの出来事あれこれ。登場人物いろいろ、というよりほぼ全員。
反乱の話ですのでばんばん人が死にます。初っ端から最後まで鬱な話のオンパレード。ご注意を。

花冠<5>


「こっちだ。タナッセ、早く……」

 父の言葉が途中で途切れ、私を先導していた動きが急に止まる。前のめりになり、よろけたかと思うとゆっくりとその体が花壇に沈んでいった。
 つい先ほどまで荒い息に肩を上下させていたというのに、今はもうぴくりとも動かない。周りの花がじわじわと朱に染まっていくのを、私はただ茫然と見つめていることしかできなかった。
 父を抱き起こそうと震えながら腕を伸ばした瞬間、背後から何者かに体を掴まれる。

「馬鹿な奴め。そう簡単に逃げられるとでも思ってんのか」

「おい、こっちのチチオヤ、どうする?」

「適当にその辺にでも埋めちまえよ。野犬にでも食いつかれたら厄介だからな、穴は深く掘っておけよ」

「ったく、面倒くせえなあ。余計な手間かけさせやがって」

 束縛から逃れようと体をがむしゃらに動かすも、自分のひ弱な力では振りほどくことなど到底不可能だった。
 何かの荷物のように、ぞんざいな扱いで引きずられていく父の胸のあたりが血で真っ赤になっている。目の前の現実を認めたくなくて顔を背けようとした時、かすかに父の声が耳に届いた気がした。
 再び父の方へと視線を移すと、先ほどまで閉じていた目がうっすらと開いているようにも見える。

 まだ、生きてる。
 こちらを、私をまっすぐに見ている。
 やめろ、放せ。まだ生きているんだ。
 触るな、父に触るな……!!

 その自分の声で目が覚め、見慣れない天井に一瞬混乱する。
 ……また、同じ夢だ。
 あれから何度も何度も、気が狂いそうになるほど繰り返し同じ場面を夜毎見続けていた。
 じっとりとした汗のせいで衣服が体に纏わりつき、吐き気がこみ上げてきて身震いする。逸る鼓動を抑えるように何度も深呼吸を繰り返すが、目を閉じてもあの光景は決して頭から離れてはくれなかった。

 縄で縛られているため自由がきかない足をゆっくりと寝台から下ろし、大きく息をつく。
 ここに閉じ込められて、もう何日ぐらい経ったのだろうか。この石壁の冷たさ、そしてじめじめと体中を包む不快な湿気に未だに慣れることができない。
 簡素な寝台は相変わらず僅かな動きで耳障りな音を立て、自分が乗っているのを拒否しているような訴えにも聞こえてくる。

 足と同じように縄で拘束されている手で、自分に掛かっていたかび臭い布をなんとか払いのける。手足の痛みに顔をしかめていると、慌ただしい足音が近づいてきた。
 がたがたと扉が揺れ、金属が触れ合うような音が聞こえてくる。どうやら錠前を外そうとして手間取っているらしい。やがて乱暴に扉が開いたかと思うと、真っ青な顔のミーデロンが姿を現した。

「……お、お前一人か? ひっ、一人だな? ここへは誰も来ていないな?」

「なんだ、騒がしいな。そんなに額に汗光らせて、いつものおまえらしくもない」

「……っ」

「顔色が悪いぞ? 何かあったのか?」

「き、訊かれたことに答えろ! だっ、誰も来なかったかと訊いているんだ!!」

 相手はどう見ても尋常な様子ではなかった。昨日まで、この無様な私を見下ろして嘲笑っていた奴と同一人物とはとても思えないほどだ。

 いい気味だ。いつも偉そうにふんぞり返っていた元王即殿下が、こうまで落ちぶれるとはな。道具さえあれば、その不恰好な姿を絵に描いて残しておきたいぐらいだ。大人しく城に留まっていればいいものを、護衛一人のみ連れてふらふらと。お前の両親も、頭の足りない無鉄砲な息子の愚かさをさぞかし嘆いていることだろうよ。自分のせいで、次々と人が死んでいくというのはどんな気分だ? 
 そうだ、今の心情を詩で表現してみろよ。いつも馬鹿にしたような、じっとりとした視線を私に向けていたのは、自分のほうがよっぽど素晴らしい言葉を紡ぐことができるとでも言いたかったんだろう? 
 ほら、どうした。やっぱりお前は口だけの奴だったのか? 護衛が居ないと何もできないのか? 
 残念だな、あの図体のでかい護衛はもうとっくに土の中だよ。
 お前のせいでな。

 何も言い返せない私に、ミーデロンは勝ち誇った笑みを浮かべて滔々と言葉を並べ立ててきた。自分の声に酔いしれているかのように。
 だが今。
 目の前にいる奴はがたがたと震え、視線さえ合わせようとすらしない。
 ミーデロンが手にしていた錠前が落ちて、床の上でごとりと音を立てる。もう片方の手で大事そうに短剣を握り締め、やがてそれを持ち上げて脅しのような言葉を口にしてくる。

「お、大人しくしてろよ。いいか、う、動くな。その場所から、寝台から動くなよ」

「手足を縛られて、これ以上どう大人しくしろと。そんな使い慣れない物を握り締めて一体何をするつもりだ? 使い道の無い、ただ飯食いをようやく後始末する命でも受けたのか? お前のような小物が、ずいぶんと大役を任されたものだな」

「うるさい!! 黙れ!!」

 おぼつかない足取りで、ミーデロンがゆっくり寝台へと近づいてきた。
 独りごとのように何かをぶつぶつと呟いているのが聞こえてくる。

「……さっきまで、普通に話していたんだ。なのに、なのに、振り向いたらもう死んでた。なんだよ、なんなんだよ。人の気配も全然しなかったのに。何の音もしなかったのに」

「……何を言っている?」

「き、きっと、お、お前を救い出しに、来たんだ。そんなこと、さ、させてたまるか。お、お前に逃げられるわけには、それだけは……」

「おい……」

「畜生!! もう少しなのに、ここまできて、こ、こんなことで責任を、お、負わされてたまるか……!! 私は、私は……!!」

 言っていることが支離滅裂だ。かなり錯乱しているらしい。
 ミーデロンは両手で短剣を握りしめていたが、体の震えのため切っ先が定まらない。呼吸の荒さで喉から変な音を出している。

「……どうした。抵抗する気はないぞ。殺したければ、さっさと殺すがいい」

 寝台から腰を上げ、縛られている足を引きずるようにしてミーデロンに近づくと、逆に相手が後ずさりし始めた。

「く、来るな!!」

「ほら。偉そうにふんぞり返る私が憎かったのだろう? 腹立たしかったのだろう? 何を迷うことがある、臆病者め。貴様こそ一人では何もできない小心者ではないか。昨日までの威勢のよかったお前はどこに行った?」

「やめろ!! ち、近寄るな!! そんな目で私を見るな!!」

 そう叫んで、ついに相手はその場にうずくまってしまった。頭を抱え込み、子供のようにしゃくり上げている。
 
 ……こんなに大騒ぎをしているというのに、誰もこの部屋に駆けつけてくる様子はない。
 救い出しに、と先ほどミーデロンは言っていた。本当に、誰かが私を救出するためにここを襲撃しているのだろうか。それにしては、攻撃をしているような物音ひとつ聞こえてこない。
 この隙に逃げるべきか、だがこの足では歩くこともままならない、と迷っていると、ミーデロンが聞き取れないくらいの小さな声で呟き始める。

「……わ、私はお前が心底嫌いだった」

「……」

「自分との違いを、ま、まざまざと見せつけられて、私の、や、やることなすこと、いとも簡単に上を行って……」

「……」

「ああ、そうさ!! お前の言った通りだよ!! 臆病者の私に、人を殺めることなんてできるわけがないんだ、城に居た頃のように、お得意のうすら笑いで私を愚弄するがいい!! 所詮、私はこんな人間なんだ! 口が達者なだけの、何もできないただの役立たずさ!!」

 ミーデロンが涙声で喚きながら、握っていた短剣を投げつけてきた。
 少し戸惑ったが、苦労しながら短剣を拾って手足の縄に亀裂を入れる。
 痛む足でゆっくりと部屋を出ようとしても、座り込んだままのミーデロンがその場から立ち上がる様子はない。
 振り向いて、その丸くなっている背中に言葉をかけた。

「……お前は、逃げないのか。何者かがここを襲撃しているのだろう」

「うるさい!! 二度とその面を見せるな!! 二度と私の前に現れるな!!」

 だが返ってきたのは、体の底から絞り出したような叫び声だけだった。


  ◇  ◇  ◇


「もうそろそろ、引き上げましょう。暗くなってくる頃ですし、視界がきかないところで剣を振り回すのは危険です。お部屋までお送りしますから」

「えー? もう? もう少し相手してよ」

「レハト様、先日倒れたばかりでしょう? 無理は禁物ですよ」

「もう大丈夫だってば。部屋でじっとしてるより、こうやって体を動かしていたほうが」

「駄目です。ほら、戻りますよ」

「……グレオニーの頑固者。石頭」

「なっ……。が、頑固とかそういう話じゃなくてですね。また倒れたらどうするんですか? 篭り前の大事なお体なんですから、無茶をしては……」

「じゃあまた寝込んだら、お見舞いに来てよ。そうだ、その辺に咲いてる花でも持って」

「花……ですか?」

「両手にいーっぱい抱えて持って来て。……あ。そんな恥ずかしいことできるかって、今思ったでしょ。顔に出てるよ。駄目だねー、だからもてないんだよ、グレオニー」

「レハト様……、そういうのは余計なお世話と……」

「じゃあ約束ー。できれば黄色いの多めに持ってきてね。忘れないでちゃんと覚えててよ?」

「いや、ですから。寝込んだら、じゃなくて、寝込まないように……。ちょっ、レハト様、聞いてます? もう訓練は終わりですってば。レハト様!!」


  ◇  ◇  ◇
 

 懐かしい夢を見て、昔の思い出にしばし浸っていた。だがすぐに、痛みを訴えるうめき声や、怒号や悲鳴が聞こえてきて現実に引き戻される。
 ぼんやりと目を開けると、医士らが顔を寄せ合って囁き合っているのが見えた。俺がまだ目覚めていないと思っているのだろう。耳を澄ませているとも知らずに、医士達は密談を続けている。

「……先ほどの方に与えていたの、ただの水じゃないですか?」

「仕方がないでしょう。もう備蓄分も底を尽きかけている。助かる見込みもないような重症患者に使うよりは、他の者に回したほうがいい」

「……」

「びくびくしていないで、堂々としていなさい。患者に不信感を抱かせるようなことがあってはなりません。どこまで助けてどこで見限るか。それを見極めるのも医士の重要な役目です」

「……わかりました」

 冷たい目をした医士の後について、項垂れながらもう一人の医士が自分の側を去って行く。
 そうか、もう薬も残り少ないんだ。
 まあ、これだけ長く戦いが続いているんだから、それも当たり前か。

 処置のための道具を持った人たちが忙しなく辺りを行き交い、症状が安定している自分を気にする者など誰もいない。こんな状態では、多少痛みがあったところでそれを訴えることすら気が引けてしまう。
 薬の備蓄があるうちに、応急的でもこうして自分は手当てを受ける事が出来た。戦いが始まってすぐに怪我を負い、何もしていないに等しいのに情けないと嘆いていたのだが、冷たい床ではなくちゃんとした寝台を与えられたということを考えれば、むしろ幸運だったと言っていいのかもしれない。
 そんな事を考えながら、痛む脇腹を庇いつつ寝返りを打つと、見知った顔が隣の寝台から自分を見つめていた。

「あ……」

 驚いて言葉が続かない自分に、フェルツはにやりと笑みを浮かべて声をかけてくる。

「目が覚めたか?」

「あれ……、昨日までは違う人が……」

「死んだよ、ついさっき。おかげでこうして数少ない寝台にあり付けたってわけだ。まあ、それもこの出血が止まるまでだけど。傷が塞がったらすぐにまた追い出されて、ひと働きさせられる」

 どこで、と口に出してしまいそうになるのを、かろうじて思い留まった。自分に与えられた使命を口外することは禁じられている。友人と言えども、どこで何をしているのか、どんな命令を受けているのか、無事でいるのか死んでいるのかすらもわからない状態が続き、大人しく寝台で横になっていても少しも気が休まらなかった。

「お前、どこやられた?」

 にやけた顔を崩さないまま、フェルツが問うてきた。

「脇腹と腕。……フェルツは?」

「俺は背中。嫌だなあ、後ろ傷。逃げたみたいでみっともない」

 言われてみれば、先ほどからフェルツはうつぶせの状態から動いていなかった。だが、その軽い口調から命にかかわるような傷ではないとわかり、安堵して思わず息が漏れる。
 ずっとこの体勢でいるの、けっこうツラいんだよ、と前置きをして、フェルツが思い出したように言葉を続けた。

「ああ、そうだ。この間、ハイラを見かけたよ。あいつもまだしぶとく生き残ってる。まあ、俺らと違って、あいつはお貴族様だからな。前線に駆り出されるようなこともないんだろ」

「そうか……」

「まったく、いつまでこんな状態が続くんだか。最初はすぐに決着がつくかと思ってたんだけどなあ……。こうなってくると下手したら負けるかもな、この戦い」

 友人の突然の暴言にぎくりと肝を冷やし、慌てて辺りを見回す。
 こんなことを誰かに聞かれたら、どんな処罰を受けるかわかったものではない。

「そんな顔すんなって。大丈夫だよ、こんな騒がしい所じゃ誰も俺たちの会話なんて聞いちゃいない」

「……」

「やっぱり、実践慣れしてないってのはでかいよな。あちらさん、どんだけ後ろ暗いことしてた奴を掻き集めたんだか知らないけど、俺らと根本的に武器の扱い方が違う気がする。人を殺すのに慣れてるって感じだ」

 そんなものに慣れる奴なんているわけが、と少し前の自分なら口に出していただろう。だが、一度たがが外れてしまえば、そうなってしまうのは案外容易いことなのかもしれないと今なら思う。

 この手で、初めて人を殺した。
 未だに、この手に感触が残っている感じがする。剣が肉に食い込んでいく、あの吐き気がするような手ごたえ。睨みつけてくるような眼差しを受けながら、自分は意外なほど冷静に、手にしていた剣を捻って与えた傷を広げていた。
 感傷に浸る暇も与えられず、戦いは容赦なく自分を追い立て、体はみるみるうちに返り血に染まっていった。
 もしあの時、傷を受けていなかったら。
 あの戦いの場を離れることなく、剣を振り続けていたら、とここに運ばれてからたびたび想像した。表情も変えず思考を停止し、ただ敵の急所のみを狙い続ける殺戮者。そんなものに成り果てた自分が思い浮かんでしまう。だが、あの酷い戦場を経験してしまった今、それを頭の中から打ち消すことはできなかった。

「お前のことだから、剣を鞘から出すことすら躊躇して、そのへんで冷たくなってるんじゃないかと思ったよ。そんなことになってたら、転がってる死体を蹴飛ばしてやるつもりでいたんだけど」

 フェルツの声で思考が途切れる。
 我に返って隣に視線を移すと、相変わらず皮肉めいた笑みを浮かべている友人の顔が視界に入ってきた。

「馬鹿にするなよ。いくら俺でも、この期に及んでそんな……」

「命令違反で処刑、ってなってるんじゃないか、とか。ああ、それと、怪我を負って痛みにひいひい泣いてる姿も思い浮かんだな。ほら、やっぱり俺の思ったとおりだった。相変わらずドジな奴」

「……お前、俺を何だと思ってんだ? そんな情けない姿しか想像できなかったのか? ドジ踏んで怪我してんのはそっちもだろ」

「どさくさに紛れて逃げ出してるんじゃないか、とか。ははっ。お前図体でかいから、逃げても目立ちそうだな」

「おい……」

「でも、いざって時は自分の命を優先して逃げろよ。頼むから」

 急に真顔になったフェルツが、低い声で呟く。
 咄嗟に返事ができずに黙り込んでしまった。

 何か。何か言わなければ。次はいつ会えるかもわからない、この友人に。
 最後とは思いたくもないが、何か言葉を。
 だが自分が口を開く前に、

「眠くなってきた。寝る。おやすみ」

 そう言って、うつぶせのままフェルツは顔を向こうへと背けてしまった。

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