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花冠<6>

2013.07.04 (Thu)
お父さんEND→反逆者ENDの出来事あれこれ。登場人物いろいろ、というよりほぼ全員。
反乱の話ですのでばんばん人が死にます。ここからは特に鬱展開です。ご注意を。

花冠<6>


「いったい、何を言い出すのかと思えば……。本気で仰っているの? 貴方について行くことで、私にもたらされる益が何ひとつとして思いつかないのですけれど」

 以前から短絡的な考えの持ち主だと理解していたつもりだったが、ここまで周りが見えない人物だったとは。呆れ果てて、もう怒る気にもなれない。

「私とここを出よう。向こうは、君と一緒でも歓迎すると言ってくれている」

 自分を人気のない中庭の奥へと強引に連れ出したかと思うと、必死な面持ちでノースタスは耳を疑うようなそんなことを口にした。聞いた瞬間、ろくでもない戯言をうっかりと受け入れてしまった汚らしい耳をちぎり取ってしまいたくなり、拒絶を口にした今も嫌悪感から吐き気が込み上げてくる。

 このような話を持ち出されたことだけでも、自分にとっては最大限の侮辱に値した。ふらふらと敵側に寝返るような女だと思われていたことに体中の空気が抜けるような大きな溜息が漏れ出てしまう。
 本当に、こんな時になってもこの人は私の事を何一つ理解していない。勝手に理想の偶像を仕立て上げ、こちらのことなどお構いなしにそれを押し付けてくる。そんな押しの強さが魅力的だと思っていた頃もあったが、いま自分の目の前にいる男は、小動物のようなただの臆病者にしか見えなかった。

「……君をこんな危ない所から救い出したいだけなんだ。何故、わかってくれない」

「私のために敵側に寝返ると? そうやって、何でも人のせいにする悪い癖をいい加減改めたらいかが? 貴方がここを抜け出したいだけなのでしょう? 自分の身は自分で護りますので、お気遣いなく。そもそも貴方に心配される謂れなんてなくてよ」

「ユリリエ……!!」

「貴方もその服を纏っているからには、陛下に忠誠を誓った上でここに身を置いていたのでしょう? それを簡単に覆してしまうような方、こちらもいつ裏切られるかわかったものではないわ。安心なさって。私も貴方の無残な姿が晒されるのを見たいわけではありませんから、陛下へのご報告は明日の朝まで待って差し上げます」

 そう言って踵を返して自室へと戻ろうとしたが、すかさず彼が回り込んで行く手を阻み、痣ができてしまうのではと思うほどに強く腕を掴んで来る。だが、痛みに歪んだ顔を意地でもこの男には見せたくなかった。
 平静を装って彼を睨みつけるが、ノースタスはまだ諦める様子もなく言葉を並べてくる。

「聞いてくれ。もうここは危ないんだ。近々、攻撃を受けると耳にしている」

「……」

「何も心配することはない。向こうも待遇は悪いようにはしないと言ってくれているんだ。何があろうとも、私が全力で君を護る。君も死にたいわけじゃないだろう? 頼むからそんな強がりを言っていないで、私と……」

「ご自分がそうだからと言って他人も同じと思わないでと、何度繰り返せば貴方に理解していただけるのかしら。心配するな、ですって? 心配なことだらけで、今にも大量の髪の毛が抜け落ちてしまいそうよ」

「じゃあ君は、指を咥えてただ死を待つことに何の恐怖も抱いていないとでも言うのか? ……ここが戦場になって敵が攻め込んできたら、貴族の女性がどんな辱めを受けるか、わからない君じゃないだろうに。ユリリエ、君がそんな目に遭うなんて考えただけでも身が引き裂かれそうになるんだ」

「今こうして屈強な力で拘束している野蛮な行為と、貴方が仰る辱めと。大して違いはないのじゃありません? 力ずくでどうにかしようとするその考えが、所詮は同類だということがどうしてわからないのかしら」

「ど、同類だと!? 私は……」

「それだけ私の事を想っていると言いながら、敵側に寝返ったりせずに二人きりで遠いどこかへ逃げ出そうという言葉は一切出てきませんのね。そういう気持ちでいたのならば、私も少しは考えたかもしれないのだけれど。やっぱり臆病者はどんな状況に陥っても臆病者でしかない。それがよくわかりましたわ」

 掴まれた腕を振りほどこうとすると、意外なほどあっさりと彼はその腕を離した。
 私の言葉に衝撃を受けたのか彼の顔が青ざめている。言われるまで、そんな考えは思いつきもしなかったのだろう。
 何故、自分の力でどうにかして道を切り開こうと思わないのか。他人の力をあてにして、その力が脆くも崩れやすいものかもしれないという疑念が、どうして浮かんでこないのか。

 その時、隅に植えられた花が風に煽られて頼りなく揺らめいているのが目に入った。誰も手入れする者がいないせいで、何本かが既に枯れ始めている。

 誰かの手を借りねば生きていけない、そんな弱い者などになりたくはない。
 丹念に手入れされた花など大嫌い。
 いつも気を遣っていないとすぐに弱り果てて、やがて無残に打ち捨てられていく。見た目が華やかだと持て囃されるのは、ほんの短い間だけ。
 花は、勝手に摘み取る人間を憎んだり恨んだりしないのだろうか。その身を手折られた瞬間に実は悲痛な叫び声を上げているのに、聞こえないでいるのはもしかして人間だけなのではないだろうか。
 私が花だったら、その棘から毒でも何でも吐き出して、決して大人しく言いなりになったりしない。耳をつんざくような悲鳴だって上げてみせる。敵わないからと言って、抵抗しない理由にはならない。どうしてこんな簡単なことがこの人にはわからないのだろう。何故そこで、相手に媚を売るという結論が出てきてしまうのだろうか。矜持というものは、彼の中には存在しない言葉なのか。自分の親と一緒で本当に理解に苦しむ。

「別に、私の手を取ってここから連れ出してくれ、と言っているわけじゃありませんのよ。貴方にそんな度量があるとも思えませんし。どちらにせよ、私はここから離れる気は毛頭ありませんの」

「……」

「もう失礼させていただくわ。こんなところを誰かに見咎められて、あらぬ誤解を受けるのは……」

「……何故、それほどまでに頑なにここから出ようとしないんだ。他に誰か想い人でもできたのか?」

 またもや耳が腐り落ちるような愚劣な言葉を聞いて、その場を去ろうとした足が止まる。
 いったいこの男は今まで私の言葉の何を聞いていたのか。
 この期に及んで、どうしてそんな考えしか思いつかないのか。

「誤解、だと? 誰に誤解されたら都合が悪いと言うんだ?」

「ノースタス……」

「そうか、わかったぞ。そいつと二人で、ここから逃げる気なんだな。そうなんだな。ただの衛士の私よりも、さぞかし頼りになる奴なんだろうな。どこの誰だ? 頭の切れる文官か? それとも地方に領地を持っている貴族か? その領地にでも逃げ込む気か?」

「……」

「逃げ場所が確保できているのに、私のような者について行けるわけがと、どうせ心の中で嘲笑っていたんだろう? 君はいつもそうだ。私を馬鹿にして、私を振り回して。君のために危険を顧みずに相手側と連絡を取り合ったというのに、君は……君は……!!」

 まるでお話にならない。どれだけ馬鹿げた妄想を繰り広げる気なのだろうか。
 暴走する気があったとは知っていたが、ここにきて、その気性に拍車がかかってしまったようだ。

 相手にしているだけ時間の無駄だ。今の彼には、何を言っても耳に届かないに違いない。
 止めていた足を再び自室へと向け、彼に背中を向けて歩き出した。背後から、耳を塞ぎたくなるような彼の声が矢継ぎ早に聞こえてくる。
 大声で喚いて威嚇しているつもりなのか。取り乱して、どこまで醜態をさらけ出せば気が済むのか。

 最初から理解し合えない者同士だったのだと、わかっただけでもよしとしよう。若気の至りとは言え、あのような男と一時期でも関係を持っていたなんて。自分の愚かさにまた溜息が出そうになる。いや、その過去があったからこそ、今の自分があるとも言えるのだ。そういう意味では、良い経験をさせてもらったとノースタスに少しは感謝をするべきかもしれない。

「臆病者? 私を愚弄するのもいい加減にしろ。剣も扱えない、力も弱い、顔だけが取り柄の貴族女が何を偉そうに!!」

 その声が聞こえたのと、背中に燃えるような熱い痛みが走ったのが同時だった。
 耳元で、彼の荒い息遣いが聞こえてくる。剣が体から引き抜かれ、その反動で背後の彼の方へと体が傾いた。

「……君が、君が悪いんだ。私は、臆病者なんかじゃない。誰にも渡すものか。誰にも、決して……」

 しっかりと力強く私の体を抱き締めながら、彼が涙声で呟く。その大粒の涙が頬に落ちてきて、自分が流した涙のように顔を伝っていった。

 やめて。涙を落とさないで。
 私は泣いてなんかいない。そんな情けない姿を晒すつもりはない。
 誇り高く、堂々と。最後の最後まで、私らしく有り続けたいのに。
 早く私の頬を拭いてちょうだい。こんな顔を誰かに見られてしまっては。涙を流しながら旅立ったのだと思われてしまっては堪らない。
 早く、頬を。早く……。

 思考はそこで途切れた。


  ◇  ◇  ◇


 訪れた村には人の気配がなかった。村人総出で逃げ出したのか、それとも既に何者かに襲撃された後なのか。虫が沸いた死体ひとつ見当たらないということは、やはり逃げ出したのだろう。反乱側に連れ去られた、という可能性も否定できないが。
 家の中の様子、畑の状態から見て、放っておかれたのが短い期間ではないとわかる。中には、その原型をとどめていない家も数多くあった。
 隅々まで村中を徹底的に捜索し、村人の姿を探す。全員が無言でその作業に取り掛かっていたが、非道な行いをせずに済んだ、と誰もが胸を撫で下ろしているに違いない。

 ちくちくと痛む脇腹を庇いながら皆と同じように捜索を続ける。傷の痛みくらいで弱音を吐くことなんてできない。周りにいる皆も、同じようにどこかの痛みに、そして重くのしかかる疲労に気付かない振りをしながら任務をこなしているのだから。これだけ酷使される日々を送り続けて、無傷でいる幸運な奴なんて数えるほどしかいないのだ。

 ……ここがレハト様の育った村。
 では、亡くなったという母親の墓も、この村のどこかにあるのだろうか。
 黙々と作業に集中している振りをしていたが、これがもしかしてレハト様の家だったのかもと、どの家を見てもそう考えてしまい、決して胸中は穏やかではなかった。

「誰もいないようです。納屋の藁の中まで捜しましたから確かですよ」

「外れの畑は」

「枯れ始めてて、人が隠れることができるくらい生い茂っちゃいませんよ。黄色い花が少し残ってるぐらいで」

 同僚と衛士頭の会話が漏れ聞こえてきて、胸が一瞬だけ高鳴る。
 以前、黄色い花を多めにと言っていたレハト様は、この故郷の風景を思い出していたのだろうか。長く放置されていたため、花畑は胸が痛むくらいに荒れ果てた様子なのがここからでも見て取れた。花のほとんどが力尽きたように地面に横たわっていて、その色が土と同化している。全てが満開になれば、それは見事な黄色の絨毯になっていたことだろう。

「何も残さず、全て焼き払えとの命令だ。すぐに取り掛かれ。三班、四班は野営の準備を」

 皆で、用意した火を村のあちこちにつけて回った。家や納屋、村を取り囲む柵が大きな炎に包まれ、やがて黒い塊と化して崩れ落ちていく。花畑はあっという間に火の海となり、わずかに残っていた花を容赦なく焼き尽くした。その身を焼かれた花の悲鳴が聞こえてくるような気がして、思わず顔を背ける。

「人を巻き添えにしなくて済んでほっとしたけど、無人の村を焼くってのも気分悪いよなあ」

 一緒に行動していた一人がぽつりと呟く。

「……つべこべ言うなよ。俺達下っ端は、何も考えずに上の言う事をはいはいと聞いてりゃいいの。いちいち気にしてたら身がもたねえぞ」

 遠くで見張っている衛士頭に聞こえないよう、またもう一人がひそひそ囁いた。それが合図だったかのように、それまで一言も喋らずに作業を続けていた皆が口々に喋り出す。
 自分は話の中に入る気にはとてもなれなかった。何も考えないよう、ただひたすらに目の前にある燃え尽きた家や柵を取り壊す作業に没頭する。

「でも、何もこんなことまでしなくたってなあ……」

「寵愛者様に関するもの、なんでもかんでも憎たらしくて仕方ないんだろ」

「陛下も焦ってんだよ。これだけ苦戦してんだから」

「そういえば、城下町の方に大人数が移動してたのを見た奴がいるらしいぜ。攻め込まれるのも時間の問題かもしれねえな」

「その噂、何度目だよ。どうせまた、あっち側が撒き散らしたデマだろ」

「ああ、俺まだ娼館のツケ払ってないんだった。このままうやむやにできないかな」

「そこ! 私語は慎む!! 口よりも手を動かせ!!」

 会話に気付いて、地獄耳の衛士頭が怒鳴り散らす。途端に皆がその身を竦ませて、再び無言で作業に取り掛かった。
 辺りは焦げた匂いが漂い、立ちこめる煙が目にしみて涙がにじんでくる。喉がひりひりと痛み出し咳が止まらなくるが、それでも半ばやけくそのように自分は焼け跡の破壊行為を一心不乱に続けていた。

 もし今ここに、レハト様が姿を現したら。俺はどんな顔をして会えばいいのだろう。
 彼女に刃を向けることなんて、果たして自分にできるのだろうか。
 そして、自分が知らない姿に変貌を遂げた彼女は、迷うことなく剣を差し向けてくるのだろうか。

 何かの間違いであってほしい。ただの噂であってほしい。
 最初の頃こそ、そんな淡い期待を抱いていたが、次々と襲いかかってくる出来事は冷酷に現実を突き付けてきた。
 今のレハト様は、もう自分が知っているレハト様じゃない。ひょっとすると、姿を見てもレハト様だと気付くことすらできないかもしれない。

「小休止に入る!! 各自、食事を摂れ!!」

 やれやれ、と息をつきながら、皆が荷物を置いている場所へと移動し始める。
 ようやく煙が少なくなってきて、ぼんやりとしか見えなかった周りの景色が明瞭になってきた。すっかり面変わりしてしまった村を、花畑を見回し、命令どおり休憩を取ろうと足を動かしたその時だった。
 遠くに、人影のような何かが見えた。
 よろよろと不自然な動きをしながら、それでもその誰かは懸命にこちらに向かってきている。

 風が吹き、辺りを包んでいた煙が一瞬だけ消え去る。
 近づいてくる人影が白い服を纏っているのがかろうじて見えて、心臓が激しく脈打った。
 間違いない。あれは、衛士の服だ。

「おいグレオニー、どうした?」

「また怒鳴られるぞ。早く……」

「……ツ」

「……え?」

「フェルツ!!」

 今にも倒れそうなフェルツのもとへと必死に駆け寄る。足がうまく動かない。力を込めて地面を蹴っているはずなのに、ふわふわとして、自分の足じゃないような感覚。動悸がうるさいくらいに体の中で響き渡る。友人の名前を呼び続ける自分の声さえ聞こえてこない。
 何度も転びそうになりながら、やっとのことで手が届く距離まで近づき、腕を伸ばすと同時にフェルツが自分へ体を預けてきた。

「おい、しっかりしろ!! フェルツ!!」

「ほ、報告……」

「……!!」

「じょ、城下で……交戦中……。至急、フィアカントに、戻……る、ように、と……」

 息を荒げながらフェルツが途切れ途切れにそう告げる。背中に回した手の、ぬるりとした感触に身が震えた。あの時の傷がまだ完治していなかったのか。それとも、新たに刻まれた傷なのか。フェルツが辿ってきた道に血の跡が点々と続いているのが目に飛び込んでくる。
 なんで、どうして。
 いったい、何が。
 こんな体で、無茶をして……!!

「……ここに、向かう途中、襲撃を、受けました。二名、死亡。敵は、仕留めましたが、まだ、仲間が、いるかも……」

「フェルツ、俺だ。わからないのか!? 見えないのか!?」

「あ、ああ……なん、だ。お前、だったのか……。敬語使って、損した……」

 自分を見上げる瞳には、もう既に光がなかった。
 顔は出血のせいで青白く、手を当ててみるとひどく冷たい。
 もう、もたない。直感でそう思った。
 なによりも、自分の手を濡らし続けるその血の量の多さが、絶望的な状態だと無情にも告げている。

「すぐに手当てする。いいか、気をしっかり保てよ」

 その時になって、ようやく背後から何人かの声と足音が聞こえてきた。
 任務をやり遂げた安心からか、フェルツが大きく息をついてから目を閉じる。彼の意識が飛んでしまわないように声を掛け続けていると、何かを訴えようしているのか、口が僅かに開いた。

「どうした? 何が言いたい?」

「救護班、急げ!!」

「担架だ!! 早くしろ!!」

 耳をフェルツの口元に近づける。息とも声ともつかないものが聞こえてきた。
 荒い呼吸が、水を含んだような音に変わる。血が喉元まで上ってきてしまったか。

「……が、………た。気を……」

 その言葉を最後に、呼吸が途絶えた。上下していた胸の動きも止まっている。

「……フェルツ?」

 呼び掛けても反応がない友人の顔を見つめた。眠っているような、安らかなその顔を。
 手を取って強く握り締めても、フェルツが握り返してくることはなかった。

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