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花冠<7>

2013.07.06 (Sat)
お父さんEND→反逆者ENDの出来事あれこれ。登場人物いろいろ、というよりほぼ全員。
反乱の話ですのでばんばん人が死にます。まだ鬱展開続行中。ご注意を。

花冠<7>


 反乱側による城下町の襲撃は、とりあえずは防ぐことができた。
 城まで攻め込まれることはなく、奮闘した衛士らのおかげで敵を追い返すことはできたものの、それはとても勝利とは言い難いものだった。死傷者が膨れ上がり、急激に数が減った衛士の新たな配置に上の者たちが頭を抱え込む日が続く。城は、混乱を極めていた。
 毎日毎日、やることは山積みだ。人手が足りないので、休む間も与えられずにいろいろなことに駆り出される。
 城下町、城の門前の防御を固める作業。
 一般民の避難の誘導。怪我人の運搬。
 そして、死体の後始末。

 数少ない手持ちの道具で応急処置を施したが、あのままフェルツが息を吹き返すことはなかった。
 さっさと終わらせろ、と怒鳴り散らす衛士頭を睨んで黙らせ、手伝いを申し出る皆をやんわりと拒絶しながら、自分は一人で地面に穴を掘り続けた。城に連れて帰れるほど鹿車には余裕がなく、この混乱した状況ではフェルツの故郷に連絡を取ることすら難しいと判断し、止む無くあの土地に亡骸を埋めることにしたのだ。

 安らかに眠り続ける友人の手袋を片方だけ外し、代わりに自分の手袋を嵌めてやった。その手に剣を握らせ、思わず込み上げてくる吐き気に涙に抗いながら土をかけた。
 だんだんと埋もれて行くフェルツの姿を思い出すたびに、拳を握り締めて手袋の感触を確かめる。ぼろぼろになって、あちこちに赤黒い染みのある手袋。気持ちはわかるがいざと言う時にそれでは使い物にならないだろう、という皆の忠告も聞かず、ずっと肌身離さずに自分はそれを使い続けていた。

「……どんな様子だった。最期」

「立派だったよ。……あんな体で、任務を全うして」

「……そうか」

 さすがに普段とは様子の違うハイラと、そんなことをぽつりぽつりと呟きながら二人で城の見回りを続ける。夜になるといつもは薄暗い城内も、非常時のため、あちこちに煌々と火が灯されていた。
 夜襲、ということも十分に考えられる。いつも気を抜いて巡回をしているわけではなかったが、風に揺れる草木の物音ひとつに、びくびくと怯えてしまいそうになるのを必死に堪えている自分が居た。

「何か言い残したりした? 両親に、とか。居たかどうか知らないけど、彼女に、とか」

「……」

 その問いには答えず、歩みを止めて相手の背中を見つめる。急に立ち止った自分を訝しむように、ハイラが眉をひそめて振り向いた。
 
 ハイラとの見回りの任務を言い渡された時から、自分の心は決まっていた。そこに、迷いはなかった。
 この先こんな好機が巡ってくるとはとても思えない。
 今しかない。
 誰にも邪魔されずに、相手の本心を聞き出すにはこの時しかない。
 鞘から剣を抜き、その切っ先をハイラの喉元へゆっくりと突き付ける。彼の目が見開いて、驚きの声が口から飛び出した。

「ちょっとちょっと。なんのつもり? 疲れで、頭に虫でも沸いた?」

「……どうして、フェルツの言葉がそんなに気になるんだ?」

「どうしてって……。少し落ち着きなよ。自分が何してるかわかってるの?」

「何か、あいつに言われちゃまずいことでもあるのか? 何をしているかって? ああ、わかってるよ。裏切り者の言い訳をせめてこの耳で聞いてやろうと、その首を貫くのを必死に耐えているところだ」

 フェルツは、息を引き取る間際に自分にだけこう告げてきた。
 ハイラが裏切った。気を付けろ。
 荒い息にかき消されそうなか細い声で、確かにそう言った。

「……フェルツをあんな目に合わせたのはお前なのか」

「馬鹿言わないでよ。そんなわけないでしょ」

 即座に否定の言葉を口にしたハイラは、自分を真っ直ぐに見つめていた。嘘を言っているような顔には見えない。だが、本当に信じていいものか。最後という時に、必死に自分に伝えようとしていたフェルツのあの言葉が、痛みからくるうわごとだったとはとても思えない。
 剣を突きつけたままで、しばらく沈黙が続く。
 やがて、ハイラが観念したかのように溜息をつきながら話し始めた。

「……でも、その場に居合わせたのは本当。裏切り者だって言うのも本当。やっぱり見られてたんだね。慌てて身を隠したけど遅かったんだな」

「……お前……」

「私が駆けつけた時には、もうフェルツが背中を見せて逃げるところだった。追いかけようとも思ったんだけどね。こっちの仲間が加勢しに来るのが見えたからそれもできなくて。敵は全部片付いたみたいだ、と虚偽の報告をすることぐらいしかできなかった」

「……」

「私だって、何も好き好んで尻尾振りながら寝返ったわけじゃない。親がね、いろいろとうるさいんだ。その親に歯向かって、自分一人だけで生きていけるほど図太くないって、温室育ちなりにわかってるつもりだし。貴族なんて、みんなこんなもんだよ。矜持も信念もあったもんじゃない。所詮は自分だけが大事な人種なんだ」

 刃を向けられていると言うのに、ハイラの態度は普段と変わらず余裕があるようにすら見えた。汗をかいて動じることもなく、腕を組みながら滔々と言葉を並べ立ててくる。
 そんな様子は以前と少しも変わらないのに。
 どうして、どうしてこんなことになってしまったのか。

 いつまでもこうして時間を食い続けるわけにはいかない。思いを断ち切って、友人の体を捕えようと腕を伸ばしかけた時、またハイラが口を開いた。

「リタントの花から伝言があるよ。聞きたい?」

「……レハト様、から?」

 思わぬ言葉が彼の口から飛び出してきて、一瞬だけ動揺する。だが剣の切っ先がぶれてしまうような無様な真似まではしないで済んだ。
 落ち着け。
 向こうは自分を動揺させようとしているだけだ。
 言葉に耳を貸すな、騙されるな。
 今、目の前にいるのは敵なんだ。

「城を出て自分側について欲しいんだって。私はもうここを出るつもりでいるんだけど、一緒に連れてくるように言われてる。どうする? お受けする?」

「……ついて行くと思ってるのか?」

「だろうね。まあ、引きずってでも連れて来いとは言われてないから、私も無理強いはしないけど。……そろそろ行かなきゃ。だいぶ時間を取られちゃったし」

「そうやすやすと、逃がすわけが……」

 その瞬間、相手の足が素早く上がり脇腹を強打された。思わず体制を崩してしまった隙をついてハイラが手の甲を叩いてくる。派手な音を立てて剣が床に落ちると同時にそれを蹴飛ばされ、滑るようにして剣が遠ざかる。痛みで動きが鈍い自分に容赦なく攻撃は襲いかかり、足を払われて情けなくも地面に尻持ちをついてしまった。間髪入れずにハイラが手を踏みつけてきて、体の上にのしかかってくる。

「悪い事言わないから、怪我は完治させておきなよ。この先、取り返しのつかないことになっても知らないよ」

「な、なに、を……」

「命が惜しいなら、近いうちに城を出たほうがいい。友人としての最後の忠告。じゃあね、グレちゃん。頑張って生き延びなよ」

 再び傷の辺りに衝撃を受け、声にならない悲鳴が口から飛び出す。
 うずくまったまま立ち上がることすら出来ないでいる自分を一度だけ振り返り、やがてハイラは暗闇に紛れて消えて行った。


  ◇  ◇  ◇


「まあまあ、そんなに急かさないで。もう少しだけ待ってちょうだい。首飾り一つぐらいは持って逃げてもいいでしょう? 特別に作らせた、大事な大事な首飾りなのよ。花をかたどった石が嵌めこまれてて……まだ数えるほどしか使ったことがないの。置いて行くなんて冗談じゃないわ」

「ですが……」

「ほんとにもう、年寄りはせっかちなんだから」

 自分に向けられた嫌みに気分を害している場合ではない。
 そう思いながら、こんな緊迫した状況でものんびりとしている貴族女性を必死に急き立てた。

「お急ぎくださいませ、もうここは危険でございます。どうか、どうか、そのお身一つで……」

「うるさいわねえ。ええと、あれは……どこに仕舞ったのだったかしら。ミヤリス、知らない? ああそうだ、そこの棚だったわね。鍵を取ってちょうだいな、ミネルア」

 そんな事を口にして、貴族女性が部屋の隅に置いてある棚に近づいた。
 棚のすぐ側にある開かれた窓が視界に入り、思わず声を張り上げる。

「窓に近づいてはなりません!!」

 しかし自分の枯れた声は間に合わず、窓から大量に飛び込んできた矢が貴族女性の体に降り注ぐ。いくつもの矢が体を貫き、そしてそのまま声も無く体が崩れ落ちるのを、ただ見ていることしかできなかった。
 ずっと無言で立ち竦んでいた侍従の子らが悲鳴を上げる。その腕を掴み、すぐに三人で部屋から飛び出した。

 短剣を握り締め、すっかり無茶のきかなくなった老体に喝を入れて城の中を走り続ける。何人仕留めたか、途中から数えるのは諦めた。相手が自分の風貌を見て、
「なんだ、ばばあの侍従か」
と油断してくれたおかげでなんとか切り抜けることができたが、この老いた体ではそれもいつまで続くことか。
 もう、この城はもたない。
 衛士があちこちで奮闘しているのを見かけたが、相手にしている人数が圧倒的に違い過ぎた。剣を持って戦うことができない者たちを誘導する余裕など、彼らにはこれっぽっちもないに違いない。なんとか、少しでも多くの人を逃がさないと。

 涙を流しながらしゃくり上げている侍従の子たちを引っ張るようにして廊下を走り抜ける。途中何度か応戦を繰り返しながら逃げ続けるも、知らないうちに負っていた傷と体力の限界から、とうとう歩くのすら困難な状況に陥ってしまった。

「あ……、し、しっかりして。だ、大丈夫ですか……?」

 侍従の二人が膝を付いてしまった自分を伺ってくる。
 息をするのもやっとな状態で、なんとか返事をした。

「……このまま、真っ直ぐ行けば、城の外へ、出られますから。敵に囲まれる前に、二人とも、早く、行きなさい」

「で、でも……貴女は……?」

「私には、構わずに。若い貴女達は、こんなところで命を落としてはなりません。さあ、急いで……!!」

 残っている力を振り絞って、二人を裏庭の方へと追いやる。困惑しつつ躊躇った顔を見せていた彼女らだったが、やがて手を取り合って走り出した。どうか無事で、と祈りながらその背中を見送る。

 息を整えながら周りを見渡すと、船着き場がここからそう遠くもないということに気が付いた。
 ……あの場所もすぐ近くだ。今の体力ならば、なんとか辿り着けるだろう。
 奇跡的に残っていた舟に乗りこみ、目当ての方角へ舟頭を向ける。島に辿り着く頃には、歩くことも困難なほど体力が削り取られ、這うようにして前に進み続けた。石碑が見え始め、ほっとすると同時に気が緩んで体の力が抜けて行くのがわかる。

 花ひとつ添えることもできず、このように汚れた身で、ここに横たわることをお許しください。
 
 この地に眠っているであろう、かつての主に言葉を投げかける。
 向こうでもお側に寄り添うことができないのならば。
 せめて今、この時だけでも。
 だんだんと視界がぼやけていって、鉛のように重い体が地面に沈んでいくようだった。


  ◇  ◇  ◇


 完治していない脇の傷を庇いながら、惰性のように足を前に出し続ける。もう仲間は散り散りとなってしまい、どこに居るのか見当もつかない。盾なんて重い物を持っていては動きが鈍くなるばかりで、ここまで逃げてくる途中で放り投げてきてしまった。
 こんな状態では碌に戦えそうにもない。少しでも体力を回復しないと、と人気のない方へと城の中を彷徨っているうちに、中庭へと辿り着いていた。周りから、足音や剣が重なり合う音が聞こえてこないことに安堵し、それでも警戒を怠らずに耳を澄ましながらその場に腰を下ろす。

 顔を伝う汗を腕で拭うと、袖に赤い染みがついてしまった。いつ顔に傷を負ったんだろう。指で顔のあちこちを触ってみる。もう闇雲に剣を振り回すことに精一杯だった自分は、小さな傷に痛みを感じる余裕さえなかったらしい。

 戦いに巻き込まれて踏み潰されてしまったのか、植えられている花が見るも無残な姿になっているのが目に入った。昔、レハト様と交わした約束を再び思い出す。結局、見舞いに花を持っていくと言う約束は守られることなく、彼女は城から突然姿を消した。
 倒れている花に触れようと手を伸ばす。すると背後から足音が聞こえてきて、慌てて立ち上がって剣を構えた。

「好きだったんだけどね、その花。嫌な事思い出すから、踏み潰しちゃったんだ」

 現れた人物を目にして、声も出せずに硬直してしまう。
 まさか、こんなところで。
 てっきり後方の安全な場所で、大勢の者に護られているとばかり思っていたのに。

「懐かしいね、ここ。グレオニー、私の訓練によく付き合ってくれたよね」

 聞き慣れない声を発しながら近づいてくるレハト様は、噂通りに見目麗しい姿をしていた。自分の記憶よりも幾分背が高く、女性らしい体つきになっている。そしてその手には剣が握られていた。

「……どうしてここに居るの。あの時は呼んでも来てもくれなかったくせに」

 彼女の言葉に、昔、自分が犯した意気地の無い行為が甦ってきて胸が痛み出す。

「……何を言われるか、わかっていましたから」

「そうやって、私を傷つけないように優しい態度を示したつもりかもしれないけど。すっぽかされるより面と向かって断られたほうがよっぽどましだったよ。こっちは決死の覚悟で想いを告げようと、それはそれは胸を高鳴らせながらずっと待ち続けてたって言うのにさ」

「……」

「ハイラに頼んだ伝言も、そっけなく拒絶されちゃったし。……もしかしたらって、期待した私がほんと馬鹿だった」

「寝返ることなんてできるわけがないでしょう。死んでいった奴らに……顔向けできなくなる」

 土に埋もれて行くフェルツの姿が頭にちらついた。
 絆されて躊躇するわけにはいかない。今の彼女は反逆者、それもその組織の頂点に立つ者。
 目の前の彼女を睨みつけ、攻撃の隙を伺う。

「そっか。やっぱり、私に刃を向けるんだ。そこまで私を拒むんだね。まあ、それだけ憎まれても仕方無いか」

 冷めたような笑みを浮かべてそう言い放ち、彼女も剣を構えてくる。
 誰に教えを受けたのか、自分が知らない構え方だった。

「……レハト様、これで本当に満足ですか?」

「……」

「これが、本当に貴女の望んだことだったんですか……? 罪のない人を大勢巻きこんで、傷つけて、殺めて。その先に穏やかな幸せがあると本気で思っているんですか?」

「説教なんて聞きたくない」

「あの人が本当の父親じゃないと、もうわかっているのでしょう? 貴女をただ利用して……」

 その自分の言葉で、堰が切れたように彼女が剣を振りかざしてきた。
 刃が重なり、金属音が中庭に響き渡る。ぎりぎりと歯を食いしばりながら剣を払いのけ、距離が開いた途端に彼女が叫び出した。

「そんなことわかってるよ!! それでもあの人は……父は私を必要としてくれてるの。父だけじゃない。貴方と違って、私だけを見てくれて私だけを想ってくれてる人だっている。満足かって? 満足だよ、何もかも自分の思い通りになって、みんなが私を認めてくれて、うまく行き過ぎて幸せ過ぎて怖いくらい。ここで過ごしてた時のことなんか、二度と思い出したくもないくらいにね!!」

「……じゃあ、どうして泣いているんですか」

 その問いに、彼女は答えなかった。
 言葉の代わりに再び距離を縮めてきて幾度となく攻撃を仕掛けてくる。

 仲間に駆け付けられたら厄介だ。
 混戦になってしまう前に、彼女が一人でいるうちになんとか片をつけてしまわないと。
 いや、それよりも。
 彼女の体に刃を貫くのは自分の役目だ。
 彼女がここに現れた時から、そう思っていた。

 何度も重なり合う剣から、ぶつかる視線から、彼女もそれを望んでいるような気がした。そして衝撃で得物が手から離れて宙を舞い、丸腰となった彼女の表情でそれは確信へと変わった。
 顔に剣を突き付けても身動き一つしない。
 ただじっと、射るような眼差しで彼女は自分を見つめていた。

 涙を流して佇む彼女の表情は穏やかだった。こんな時に不謹慎にも、美しい、とさえ思った。
 一瞬だけ目を閉じ、柄を握る手に力を込めて覚悟を決める。

 その瞬間、首筋に鋭い痛みが走った。
 何が起こったのか理解できず、途端に体に力が入らなくなりその場に膝をつく。
 やっとのことで顔を上げると、彼女が目を見開いて両手を口に当てているのが見える。体制を保てず地面に吸い込まれるようにして倒れ込んだ。何かが喉元までこみ上げてきて、たまらず咳を繰り返す。口から生温かい液体が飛び出しそれがゆっくりと顔から首に伝って行った。
 視界が次第に霞んでくる。目の端に、一輪だけ難を逃れてその身を風に揺らめかせている花が見えた。なんだかそれが、少しだけ残っていた昔のままの彼女のようにも思えてきて涙が滲む。
 
 意識がなくなるその時まで、自分は涙でぼやけた花を見つめ続けた。


  ◇  ◇  ◇


 グレオニーの側にあった花を勢いよく踏みつけ、トッズが風を切るように短剣を振り払う。
 付着していた血が周囲に飛び散り、横たわったまま動かない衛士の白い服に、転々とした赤い模様が染み込んでいった。
 短剣を鞘に収め、息をついて彼が愚痴をこぼし始める。

「だーから言ったでしょ、こんなところまで出張ってきたら危ないって。大丈夫だってレハトが無理言うから連れてきてやったのに、さっさと勝手に一人ではぐれちゃって」

「……ごめん」

「あーもう、心臓止まるかと思った。しっかりしてよー? もう、ほぼ詰めの作業に入ってるんだから。こんだけ苦労して事をやり遂げても、レハトが居なかったら始まらないんだよ? あんまりひやひやさせないでよ。ね?」

「うん……」

 落とした自分の剣を拾い上げて、トッズに背中を押されてその場を後にする。
 振り向きたい衝動に駆られたが、なんとか思い留まって前を向いて歩き続けた。トッズの前で、そんな不審な行為を見せるわけにはいかない。

「……抵抗もしないで、大人しく切られるつもりだったの?」

 歩きながらトッズが呟いた言葉に、一瞬鼓動が早まる。
 何となく、いつもの声よりも幾分低いようにも聞こえた。

「まさか。違うよ、そんなことない」

「そ。なら、いいんだけど。やっぱ俺の気のせいか」

 咄嗟に返事をしたが、彼の顔を見ながら言うことはできなかった。足取り軽やかに自分と並んで歩くその横顔からは、彼が本当に納得したのかどうか判断がつかなかった。
 否定の言葉を口にはしたものの、それは果たして本心なのか。
 あの時自分は、グレオニーになら切られてもいい、それで全てが終わってしまっても構わない、と心のどこかで思っていたのではないか。

「どしたの。ほら、早く行くよ」

「うん」

 穏やかな優しい顔を見せるトッズに、こちらも口の端を上げて笑顔で返す。
 ぎこちなくなかっただろうか。
 自然な笑みに見えただろうか。
 そんな思いに怯えながら、私は歩を進めた。

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