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花冠<8>

2013.07.10 (Wed)
お父さんEND→反逆者ENDの出来事あれこれ。登場人物いろいろ、というよりほぼ全員。
反乱の話ですのでばんばん人が死にます。初っ端から最後まで鬱な話のオンパレード。ご注意を。

花冠<8>


「つまり、私の肖像画は描きたくはないと。そういうことか?」

 跪いて顔を上げようとしない男爵を、玉座から肘をついて見下ろす。
 あらん限りの威圧を込めて声を出したつもりだったが、相手はその大きな体を委縮させるわけでもなく、はっきりとした口調で先刻から繰り返し口にしている言葉を発した。

「……お許しください」

「貴様、そんな無礼な真似が許されるとでも……!!」

 男爵の返答に、側に控えていた臣下の一人が辛抱ならんとばかりに声を張り上げる。
 それを手を上げて制し、私は再び男爵に問いかけた。

「私が王に相応しくないと、暗に示しているつもりなのか? 肖像画を描くに値しない人物だとでも?」

「陛下に限った話ではございません。私はもう、人の肖像画を描くつもりはないのです」

「理由は」

「たくさんの血を吸いこんだ荒れ果てた地を、戦いによって踏み潰された草花を描くことに、心血を注ぎたいのです。……都合の良いことだけが記される歴史書に真実が埋もれてしまわないよう、ありのままの風景を後世へ残すためにも。国中を渡り歩いて、目に映った景色を描いて……」

「そんな理由で私が納得するとでも思っているのか。そこまで意固地な態度を見せておきながら、含むところがあるのを口にしないのは気分が悪い。言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ」

 そう言うと、しばしの沈黙の後ようやく男爵が顔を上げた。
 意思の強いまっすぐな視線をこちらに向けてくる。

「……皆は私の絵を見て、繊細な筆使いだの魂が宿っているようだのと、ありとあらゆる称賛の言葉をかけてくださいます。ですが、実は私は不器用さに掛けては右に出るものが居ないと言ってもよいくらいの男なのです。いえ、謙遜しているわけではございません。偽りの絵、というものを描くことができないのです。金を積まれようとも脅されようとも、見て感じたことをそのまま画布に吐き出すことしかできない、ただの不器用者なのでございます」

「それがどうした」

「恐れながら。多くの犠牲によってその座を我がものとされた陛下を描いたならば、ここに飾るに相応しくない絵になってしまうのは目に見えております。そんな絵でよろしければ、いくらでも描いて差し上げますが」

 その言葉に、また臣下の者たちが非難や罵倒の声を口にする。男爵はそれらの野次に怯むこともなく、口の端を結んで自分を見つめ続けていた。
 このように胸糞悪い言葉が飛び交うようでは、ちっとも会話が進まない。
 座から立ち上がり、臣下らに睨みを利かせて黙らせた。途端に皆が怯えたように身を竦ませる。

「なるほど。威厳に満ちた立派な王を連想させる絵にはならずに、反逆者に相応しい陰湿な荒んだ暗い絵になってしまうと。そう、お前は言うのか。別に私はそれならそれで構わないが。とても自分とは思えないような肖像画を、いつまでも飾り続けられるのも気色が悪い」

「……」

 先ほどの自分の凄みが効いているのか、臣下たちは大人しく黙って男爵を見据えるだけに留めていた。

 別に肖像画など無いなら無いでいい。皆が、絵を描かせるならこの人物だと、ここへ男爵を引っ張って連れて来たから自分は話を持ちかけてみただけに過ぎないのだ。
 この男が自分をどのように描くのか、話を聞いてから少し興味が沸いてきたのも事実だ。だが、口うるさい臣下や父が納得する絵になるまで、完成した肖像画を次から次へと処分され続ける光景がありありと思い浮かび、次第に何もかもが面倒になってきてしまった。

「もういい。そこまで言うのなら、こちらも無理にとは言わない」

「……感謝致します」

 一礼してから、男爵が場を去って行く。その背を睨みながら臣下たちが追いかけて行きたそうにぎりぎりと歯ぎしりをしていた。

 きっと殺戮者らしい鬱々たる絵になるだろう、と思い込んでいたが、もしかすると男爵は自分に対して全く違う印象を抱いていたのかもしれない、という考えがふと浮かんだ。
 威厳もなく、吹けば飛んでしまいそうな頼りない王。
 見かけだけが飾り立てられた、中身など何もない薄っぺらな虚勢を張った王。
 そんな絵になってしまっても当たらずとも遠からずかな、と思わず自虐の笑みが漏れた。


  ◇  ◇  ◇


 緊張に身を包みながら恐る恐る扉を叩く。だが、待てど暮らせど中からの返事はなかった。
 部屋の主が自分の訪問を歓迎していないという無言の圧力が扉から伝わってくる。このような反応をされるのは、自分の中でも想定内の範囲だ。これくらいで意気消沈して、すごすごと引き返すわけにはいかない。

「ヤニエ師、私です。入ります」

 一応声をかけてから扉を静かに開くと、師は椅子に腰かけて本を読んでいるところだった。
 自分が部屋に入っても顔を上げようとせず、本をめくる手を休めもしない。表情はいつもと変わらないように見えたが、醸し出す雰囲気が針のように自分に突き刺さってくる。

「……お久しぶりです」

「……」

「ご無事で、なによりでした。ディットンから避難されなかったと聞いていたので、心配して……」

「いったい、どの面下げてここの門をくぐってきたんだか。何をしに来た。告げたいことがあるなら、余計なことをべらべらとのたまっていないで、さっさと言え」

 とりあえず、無視され続けることだけは回避できたことに安堵した。師の目線は相変わらず本から動かなかったが。
 部屋のあちこちに置いてある椅子には本が倒れそうなくらいに積み重なっている。師の前に位置する椅子には何も乗せられてはいなかったが、それに腰を下ろすつもりはなかった。空気を読まずにそんなことをすれば、椅子ごとひっくり返されて、お前のせいで椅子が汚れたとでも言われてしまいそうだ。
 突っ立ったままで今日訪れた目的を口にしようとした時、それを遮るように師が再び口を開く。

「まさかとは思うが、お前が属するくだらない集団への勧誘にでも来たのではないだろうな。そこまで頭が腐り果ててしまったのならば、もう何も話すことはない。帰れ」

「いえ、そんな。違います。私はただ……、今までお世話になった礼を言いたかっただけで……」

「世話をした覚えは無い。礼など不要だ」

「……」

 そこで、やっと師が本を閉じて顔を上げる。だが意気地のない自分は視線を合わせる勇気が無く、後ろめたい気持ちを隠すように俯いてしまった。
 どういう態度を取られるか、何を言われるのか、全てを覚悟してこうして訪ねてきたはずなのに。
 いざと言う時にこのざまとは、本当に自分は腰抜けだ。
 きっと、このようにして会うことはこの先二度と叶わない。もう最後と言えるこの時に、心からの感謝の意を示さなければ、自分は後悔で押し潰されてしまうだろう。

 そう自分に言い聞かせて師の方へと視線を向けると、彼女の表情は先ほどと変わっていなかった。自分が顔を上げるのを待っていたかのように、すぐに言葉が投げられる。

「その様子からして、馬鹿なりに立場をわきまえてはいるようだな。そうだ、お前の思っている通りだ。誰に何を吹きこまれたか知らないが、復讐心で我を失って、無益なことに時間を費やしているお前の面などもう見たくは無い。師匠と思われているのも迷惑極まりない。ここを訪れることは二度と許さん」

「ヤニエ師……」

「その呼び方も止めてもらおうか」

 予想していたとは言え、実際に面と向かって言われてしまうと張り裂けんばかりに胸が痛んだ。
 自分だってわかっている。自分の大切な者たちを奪った奴らに復讐をしたところで、過ぎてしまった時を取り戻すことはできない。無駄に不幸にさせてしまう者を増やすだけの行為だということも。
 だが、何もしないではいられなかった。自分だけがこうしてのうのうと生き残ってしまい、時間とともに悲しみが和らいでしまうことに、心の痛みを忘れてしまいそうになることに、必死に抗いたかった。

「まったく何を考えているんだか……。お前がその目的を果たすことで、後に何が残る? 同じことの繰り返しだということがわからないわけではないだろうが」

「……」

「……まあ、お前の人生だ。どこぞでくたばってのたれ死のうが、正義とやらを振りかざして、城に返り咲こうが好きにするがいい。だが先ほども言ったように、今後、二度と私に顔を見せるな。お前のような者など、最初から居なかったのだと私も思うことにする」

 師がそこまで口にすると、隣室へと続く扉が急に開いた。
 隙間から、髪の長い端正な顔立ちをした人物が不安そうに顔だけ覗かせてくる。

「……誰か、来たの?」

「ああ、来るな来るな。部屋で大人しくしていろ。こんな奴、顔を見るだけで目が腐るぞ」

 ヤニエ師が座ったままで、手をひらひらさせながらその人物を追いやる。
 ……あの者は、確か以前に城で見かけたことがある。
 だが、ここに居る理由と師との繋がりが思いつかず、扉が閉まると同時に問いかけてみた。

「あれは、確か神官の……。何故、ここに?」

「お前には関係ない」

 刃でばっさりと絶ち切るように、自分の疑問は撥ね退けられてしまった。
 やがて師が再び本を手に取り、話は終いだという態度に戻る。

「その尻を蹴飛ばされるまで居座るつもりか?」

 もうこれ以上、自分が何を言っても彼女は口をきいてくれないだろう。これだけ会話が成り立ったことだけでも奇跡に近い。もっと酷い扱いを受けるかもしれないと自分は想像していたのだ。
 叱咤ばかりだったとは言え、せめて最後にこうして言葉を交わせただけでもよかった。元気な姿を確認できてよかった。

「……どうかお元気で。失礼致します」

 その言葉を口にしてから、鼻の奥がつんと痛くなる。
 泣きそうになってしまうのを悟られないように、慌てて一礼してから部屋を後にした。


  ◇  ◇  ◇


「……もう一回、言って」

「だから。もうお別れ。お終い」

「どういうこと。一体、何を……」

「俺もね。心ここに有らずで、他の男のことばっか考えてる、そんな態度がみえみえな女の相手をし続けるほど暇人じゃないってこと」

 笑顔を見せてはいたが、そう口にしたトッズの声は冷やかだった。
 思いもよらないことを突然言われて体が凍りつく。図星でしょ、とばかりにトッズが自分の顔を伺いながら言葉を続けてきた。

「あの時やっとわかったんだよねえ、レハトの態度がなーんかずっと変だった理由がさ。つまりは、俺のことを好きだのなんだのって言いながら、ずっとあの衛士のこと考えてたんでしょ。違う?」

「何、馬鹿なこと……。そんなわけ……」

 彼が言う、あの時、というのが自分にはすぐにわかった。
 大人しく切られるつもりだったのか。そう問われた時のことだと。

「そんな人が居るのに、なんで俺についてきたの? 振られて自棄にでもなった? 忘れさせてくれるなら、優しくしてくれるなら誰でもいいって? まあ、俺も利用するためにレハトに近付いたわけだから、ぶつぶつと文句を言える立場でもないんだけど。結局は似た者同士だったってことだね。ある意味、お似合いっちゃお似合いだったのかな」

「……」

「でもさ。こうして俺が命賭けて散々尽くしまくっても、もう死んじゃった奴相手に敵うわけがないじゃん。向こうは美しい思い出だけを残していって、どんどんレハトの中で美化され続けるってのに。はい、完敗。お手上げ。無駄なことに時間を割いたりしたくないんだよね。人生は短いんだから」

「トッズ、私は」

「もう俺の役目は果たしたしさ。俺は王になろうとしているレハトを後ろで支え続けた。そして、数々の苦難を乗り越えてレハトは王になった。だから俺達もお終い。めでたしめでたし」

 相変わらずの笑みを浮かべて、トッズが仰々しく両手を広げて見せる。
 自分の言葉にまるで耳を傾けようとしない。それでもなんとか弁解しようと、必死に声をかけた。

「ちょっと待って。聞いて、トッズ」

「二股かけるのもいいけど、もっとバレないようにやんなよ。そういうとこは、相変わらず子供の時のまんまなんだなあ、レハトは。俺に抱かれながら、誰のこと考えてた? 剣の稽古しながら、俺の向こうに誰を見てた? ……本当は、王になりたかったわけじゃなくて、城に戻るためなら手段は何でもよかったんじゃないの? あの衛士に会うためにさ」

「違う!!」

「俺がそいつを殺しちゃったのが、レハトにとっては誤算だったかもしれないけど。まあ別に、もう何でもいいや。じゃあね、レハト。次はぼんくらな男捕まえなよ。嫉妬に狂った人間って何をしでかすかわかんないからね。世の中の男が皆、俺みたく引き際がいいと思ったら大間違いだよ」

「トッズ、待って!! トッズ!!」

 叫びながら彼を引き止めようと腕を伸ばす。だがそれはやんわりと悪寒が走るような冷たい視線と共に撥ね退けられ、彼は背中を見せて寝室を去って行った。
 一気に力が抜け、その場にへたり込む。立ち上がる気力さえ沸いてこない。

 自業自得だ。全ては、トッズの優しさに甘えていた自分が引き起こした事態だ。
 居なくなってから気付いてももう遅い。こんな慌ただしい日々の中で、自分がどれだけ彼に頼り切っていたのか、今ほど思い知らされたことはなかった。
 信頼していた唯一の人が、自分から去ってしまった。
 残ったのは、心の底で何を考えているかわからない奴らと、血の繋がらない父と名乗る人物だけ。

 涙がこぼれてきて、思わず笑いが込み上げてくる。
 国中に混乱を招くような殺戮者には孤独こそが相応しいということか。寵愛者だからと言って、アネキウスは罪を見逃してくれる甘い心の持ち主ではないというわけだ。

父 や侍従らが慌てて駆けつけるまで、私は気が狂ったような馬鹿笑いをいつまでもいつまでも部屋に響かせ続けた。

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